あれから、一年が過ぎた。は今、私との子を身篭っている。記憶が 未だに戻らないため祝言は挙げていないが、それでももうすでに夫婦同然 のようになり、周りもそういった扱いをするようになった。愚かな私は、 もうに記憶が戻らなくてもいいかもしれない、などと思い始めてさ えいる。何と自分勝手な。それでも、今まで積み上げてきた幸福な日々が なくなってしまうのは嫌だと思っている自分がいるのも確かだ。が 昔とは180℃違う、まさに大和撫子といった様子でいることに多少違和 感がまだあるが、このままいけばいずれはそれにも慣れるだろう。それで 、構わない気もする。元に戻ってほしい気持ちも確かにあるのだが、どん な風になろうともが自分の愛した相手にかわりはないのだから。

任務帰り、家路を急ぐ。の腹もそろそろ目で見てもその膨らみがわ かるようになってきた。一般的に十月十日とも言われるのだからまだ大丈 夫だとは思うが、そうそう無理もさせたくない。できるだけ、負担をかけ させないようにやれることはやるつもりだ。これは、に対してさま ざまなことを黙していることへの罪滅ぼしの気持ちもある。
家が見えてきたとき、1人の男が家から出て来た。薬箱を持っているとこ ろから見ると、おそらくは医者なのだろう。それにしてもまだ若い。私と そうかわらないのでは?そう思って観察していると、その男が振り向いた 。それはよく見知った顔の、かつての級友―――伊作だった。



「じゃあね、。また来るけど、あんまり無茶しちゃダメだよ?」
「当たり前だろう。仙蔵に心配させられないからな」
「気をつけてね」
「ああ。ありがとう、伊作」



伊作がいる云々以前に、伊作と話すに目が釘付けとなった。その話 し方!その表情!は記憶が戻っていたのか……?いや、考えるまで もなく今のは明らかだ。は確実に記憶が戻っている。いつから?い つから戻っていたのだ?そして何故黙っていた?私を欺いていたのか?利 用していたのか?さまざまな疑念ばかりが胸の中で膨らんでいく。何とか 平静を装い、自然を振る舞いながらを呼び付けた。




「はい、何ですか?仙蔵さん」



その穏やかな瞳を、じっと見つめる。もしもがここにこうしている 理由が、私をただ利用しているだけだとしたら。記憶喪失というのは偽り で、私を騙していたのだとしたら。情を交わし、愛を誓い合ったことがた だの虚言だとしたら。すべてが裏切りであったとしたら。あってほしくな い、最悪の状況ばかりが頭を過ぎていく。意を決して、口を開いた。



「お前、記憶が戻っているだろう」
「え……あの、いったい何を」



困惑しているかのようなだったが、今ならわかる。それが、演技だ ということに。



「昼間、伊作がここへ来たろう」



さらに畳みかけると、軽く目を見開いた後ガラリと雰囲気が変わった。や はりは、



「―――とうとう、バレたか」
「何故黙っていた。いつ、記憶が戻った」



懐かしい口調だった。あの学園にいた頃のように、まるで男のような口 調。いくら直せと言って聞かせても、絶対に直そうとしなかったその口 調を懐かしく思う。あの頃と同じ、まるで悪戯が見つかったかのような 顔付きの。なぜだ。なぜそんな顔をしている。私を騙していたの か。情に絆され、色に溺れゆく私を、見破れない私を見て内心で嘲笑っ ていたとでもいうのか。すべては裏切りのことだったとでもいうのか。 黒く、混沌とした感情が腹の底で渦巻いてくのを感じた。そんな私の心 情など、気付きもしないは話を進めていく。



「お前に助けられてから、一週間後くらいだったかな。記憶が戻ったのは」
「そんなにも早くから……ならばなぜ、もっと早く言わなかった」



問い詰める私の顔を見て、は優しく笑っていた。慈愛に溢れた、子 を見守る母親のように穏やかで、優しさと愛しさに満ちた微笑みだった。 その表情に、虚を突かれる。そしては語り始めた。
記憶を失っていた間の一週間のことはすべて覚えており、その間私が世話 を焼いてくれたことに感謝していること。あまりにもその生活が居心地の よかったために記憶が戻ってもなかなか言い出せなかったこと。前々から 忍の仕事について、嫌気がさすようになっていたこと。そして―――だん だんと、私のことを好きになり始めている自分がいたこと。



「だから、黙っていた。ごめん、仙蔵。お前をこんな、騙して、利用するような真似……」
「………」
「本当に、すまないと思っている。出て行けと言うのならば出て」



気付けば、を抱きしめていた。ああ、ああなんと!さまざまなこと を危惧していたが、そんなことはすべて杞憂だったのだ。これほどまでに 幸せなことがあるだろうか。好いている相手が、自分の事を好いていてく れた。これはきっと運命以外のなにものでもない!あまりの嬉しさに、普 段は到底思いつきもしないような言葉が出てくる。



……」
「仙蔵………お前、その顔はなんだ。気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いとはなんだ」
「事実だ」
「……仕方なかろう」



私の、今までの思いは成就されたのだ。頬が緩んでくるのも仕方のないこ と。を再び抱きしめる。口吸いを、交わす。今までに幾多の女とも してきたが、それとはまた違う格別な、極上のものを。



、祝言を挙げるぞ」
「ああ、もちろんだ」



こうして、一組の男女は夫婦へとなった。













楽園と呼べるのかしらまだ