もちろん、その女の子の存在は知っていた。
その女の子というのは、我がクラスにいるさん。
フルネームで。
京子ちゃんに勝らずとも劣らない美少女で、成績は上の下。
運動神経そこそこのどこにでもいるような女の子。
普通のクラスメイト……なんだと、思ってたんだけどね。
今までは。
それは、はた迷惑な家庭教師、リボーンが家に来てからしばらくしての出来事だった。
珍しくも遅刻せずに学校に行きつくことができたオレは、自分の席に着こうと教室を横切ろうとしたその時だ。
さんと初めて話をしたのは。
「ねぇ沢田!あんたの家にちっさい赤ちゃんいるわよね!?」
「い、いるけど……それがどうかしたの?」
「今度会わせて!てゆーか、会わせなさい!」
普段はいたって大人しいさんは、興奮した口調でまくし立ててきた。
び、びっくりしたぁ……。
「あ、赤ちゃんってリボーンのことだよね?……なんで会いたいの?」
ふと頭をよぎったのは、マフィアというここ数カ月で聞き慣れてしまった単語。
最近多発しているトラブルの原因は、全てあのとんでもない赤ん坊が持ち込んできたものばかりだ。
しかもそのほとんどがマフィア関係。
もしかしたらさんも……と思わず不安になってきた。
「リボーンっていうのね!あの赤ちゃん!もしかして、沢田の弟だったりする?」
そんな事を考えているオレをよそに、さんはハイテンションになりつつある。
その姿は、アイドルに興奮する女子そのものだ。
普段の大人っぽい静かな雰囲気のかけらもない。
「違うよ、リボーンは弟じゃなくて家庭教師……」
ってなんかナチュラルに家庭教師って言っちゃったよ!
赤ん坊の家庭教師なんてありえないっていうのに……!
き、きっと冗談だと受け流してくれるよ、ね?
「へえ!沢田のカテキョーなんだ。やっぱり」
受け流してくれませんでした!
なんで!?しかもやっぱりって何さ!
そんな事を言うってことは、予想通りさんもマフィア関係者なわけ……?
いや、でもリボーンのこと知らないみたいだし……。
「な、なんでリボーンのことオレの弟じゃないってわかったの?それにやっぱりって……」
「沢田、あんたってあんまり運動神経よくないでしょ?
それなのにあんなに俊敏に動けてるリボーンが、あんたの弟なわけないじゃない。全然似てないし」
運動神経が悪いとその言葉が、グサッと突き刺さった。
な、何気にはっきりというよね、さん……。
軽く落ち込む俺に気づかないのか、それに…とさんは言葉をつづける。
「あの赤ちゃん――リボーンが持っていた銃はブローニングM1910よ!?
今でも信じられないわ!夢でも見てるんじゃないかしら?
絶対に海外じゃなきゃお目にかかれることなんかないと思ってたのに……!」
「ブローニング……?」
「リボーンが持っていた銃のことよ!ブローニングM1910。
あれはね?ジョン・M・ブローニングが設計した小型自動拳銃なの。
1900年に原型モデルが完成して、改良を重ねて1908年に開発ものなんだけどね?
服から取り出すときに引っ掛からないように設計されて、
ストライカー式の発射装置を採用している為にハンマーがないの。
小型で突起物が少なくて、携帯性に優れていたから警察や軍隊、一般市場にも幅広く出回ったわ。
第一次世界大戦の引き金になったとされている、
1914年6月28日に発生したサラエボ事件で暗殺に使用されたのもこの拳銃とされているわね。
1921年にはユーゴスラビア軍から依頼を受けて小改良されたM1992モデルを発表して、
同時期になると世界中に輸出される様になったわ。
日本にも大量に輸入されて、あの有名な226事件でも使用されたわ。
あと、第二次世界大戦時には日本軍の将校や憲兵、パイロットとかによって
作動性が日本の南部式拳銃よりも確実な事から好んで使用されたものよ。
戦後も日本国内で警察官が使用してたし。
長年に渡って世界中で使われたんだけど、1975年をもって生産中止になったわ。
もちろんその頃あたしは生まれてなかったから手に入れることなんてできなかったし、
日本でも使われてたけど、なにぶん古いものだからそうそう見られるものじゃないのよ。
海外に行かなきゃ見られることなんてないと思ってたわ!
本当にすごいものなんだから!」
「へ、へぇぇ」
思わず顔が引き攣る。
なんでそんなに詳しいの、さん!
武器……というより銃器にそんなに詳しい女子中学生って一体……何者!?
あれ、さんって普通の人だよね?
一般人、だよね?
ああ、オレの周りから平穏という二文字が遠ざかっていく……。
……えーっとオタク? マニア?
(クラスメイトは銃フリークでした……)