「全員、手を挙げろ!」
「いいか、騒ぐんじゃねぇぞ!一か所に固まれ!」



のんびりとした雰囲気が漂う午後1時36分、突然銀行強盗がやってきた。

怒鳴り声、叫び声、泣き声、声にならない声。
強盗たちが威嚇する音。
銀行員と利用客が安全な場所へと逃げ惑う音。
息を飲む音。
ごくり。
誰かの喉が鳴る。

空気が一気に張り詰める。
拳銃を向けられた。

けれどもオレは、リボーンの奇行に慣れているのでこんな状況でも他の人たちに比べると少しばかり落ち着いている。
これも家庭教師たるリボーンのおかげかな?

や、怖いんだけどさ。
うん、ものすごく。

とにかくこの状況をどうにかしなくては。
そう思い視線を周りに彷徨わせ頼りになる赤ん坊を探したが、あいにくなことにリボーンはいなかった。

だから、死ぬ気弾を撃ってもらうこともできない。

母さんに頼まれてお金を下ろしに来ただけなので、(ランボとイーピン、ビアンキは家で留守番。 もちろん休日なので獄寺や山本も一緒じゃない。ということは、)頼れる人間は……一人もいない。


(って、やばくないか!?今の状況!)


い、今頃になって焦ってきた。
ど、どーしよー! なんでこういう時にかぎってリボーンがいないんだよ!

なんて、相変わらず一人じゃ何もできない自分を情けなく思いながら、 この場にいない家庭教師に八つ当たりをしてみる。

………本人がこの場にいたら絶対にできない芸当だ。 (だってあいつ読心術使えるし。聞かれた瞬間殺されるよ!)



「あら、沢田じゃない、奇遇ね」



そんな事を悶々と考えているオレに(人はそれを現実逃避と呼ぶ)声をかけてきた人間がいた。
銀行強盗がいる緊迫した場面に何ともそぐわぬ呑気な声だろう。

スーパーで近所の奥さんに会った時の母さんとおんなじくらい呑気な声だ。



「って………え、あっさん!ど、どうしてこんなところに?」
「母親に頼まれごとー。沢田は?」
「あ、オレも母さんに頼まれちゃってさあ……ってこんなにのんきに話してる場合じゃないよ!」
「そこうるせえぞ!ぶち殺されたいのか、ああん?」
「ひぃぃい!す、すみません!」



思わず現在の状況も忘れてさんとのんきに話していたら強盗に怒鳴られた。
よ、よかったぁ撃たれなくて。
こっちに銃口が向けられた時には、もうダメだ!って思ったよ……。

―――一瞬、これが死ぬ気弾だったらなぁと思った自分はだいぶリボーンに毒されてきていると思う。

そんなビビりまくっている(情けない)オレを余所に、さんは………欠伸なんかしてるし。



さんは……怖く、ないの?」
「え?……ああ。だってあれ、ニセモノよ?」



「あれ」とさんが指さしたのは犯人グループがこれ見よがしに見せ付けている拳銃だった。

ここだけの話、オレにとって銃なんてものはすべて同じものに見える。
リボーンの愛銃も、ランボの髪の中にある玩具みたいな銃も、ロマーリオさんが胸元からちらりと覗かせる銃も。
さすがに、コロネロのライフルぐらいは違うものだと区別がつくけど。



「あ、あれってニセモノなの?」
「あたりまえじゃない。沢田、あんた毎日銃を見てるでしょうに、わかんないの?」
「普通はわかんないって!」
「うるせぇつってんだろ、そこ!そんなに殺されてぇのか!」
「はぁーそろそろ飽きてきたわね、この状況にも。さっさと家に帰らないといけないのに」
「は?この状況でお家に帰れるわけねぇだろ?お嬢ちゃん」



その強盗のセリフに、さんはやれやれといった風に肩をすくめた。
そ、そんなことしたら強盗がますます怒るんじゃ……!

強盗のそのスキンヘッドの頭にぴくりと青筋が浮かぶ。
ああぁ、ヤバいって!



「どうやらお嬢ちゃんは今自分がどんな立場にいるのか分かってないらしいなぁ?」
「自分の立場を分かってないのあんたたちのほうでしょ?お馬鹿さん」
「ンの野郎!ガキだと思ってりゃ、つけ上がりやがって!」
「そんなニセモノの銃持ってるやつに脅されても、ねえ?」
「なっ……そ、そんなわけねぇだろ!」
「ほら、今どもったのがイイ証拠よ。 こんなガキに図星つかれたくらいでそんなに動揺するなんて……まったく、情けないにもほどがあるわね」
「こんのッ………クソガキがぁっ!!」
「はぁぁ。さっきから同じセリフばっかり。語彙も乏しいのね、もう一回勉強して出直してきなさい。ああでも……」



ジャキッ



「本物の銃の使い方は、今から教えてあげるわ」





―――結果、約40分後には警察が駆けつけて銀行強盗たちを取り押さえた。
いや、取り押さえたっていうのはちょっと違うかな?
なにせ、警察が突入してくる前にさんが強盗たちを大人しくさせてしまったのだから……。
他の人たちはおそらく、さんがうまいこと言って強盗たちを説得したと思っているのだろう。

しかし、オレは見た。

できれば見たくなかったけど、不運なことにオレの立ち位置からはばっちりと見えてしまった。

―――さんが、銃を持って脅している場面を。
しかもご丁寧に他の人たちにばれないよう、 サイレンサー付きの(先週リボーンに教えられたばかりだったからすぐにわかった)銃だった。



「ねぇおじさん?コレが本物の銃器よ。 これはシグプロSP2340っていうの。知ってる?簡単に説明させてもらうけど、これは 世界的なプラスチックの使用による拳銃の軽量化を踏まえて、フレームが金属製からプラスチック製になったのよ。 元々アメリカの民間市場の販売を目的としてたから40口径と357口径しか用意されてなかったんだけど、 発売から1年後の1999年に9mm口径モデルのSP2009が発表されて、 フランス警察や米国麻薬取締局なんかにも採用、納入されちゃってるわ。 他の拳銃と比べるとちょーっと高いんだけど、 フラッシュライトとかレーザーサイトとかのオプションは充実してるから文句は言えないわね。 殺傷能力もなかなかのものだし。 あ、そうそう安心してね? 日本で使う時には他の人たちにバレないようにちゃんとサイレンサーが付けてあるの」
「な、何をほざいてんだか!大体、テメェみたいなガキが本物を持ってるわけがパスンッ………な、い」
「ね?」
「ぅ、あ………ッひぃぃ」
「大体、銃のことをよく知りもしないくせに、ニセモノとはいえ使おうとするなんて……なんておこがましい!」



いや、そういう問題じゃないかと……。

思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
そんなことがあったものだから、強盗犯たちはすっかり怯えてしまった。
突入してきた警察に、まるで天使でも見たかのようにむせび泣きながら飛びついていた。
――――その気持ちはわからないでもないけど、警察の人たちは引きまくっていた。


後日、見事強盗犯を説得し改心させた中学生として、さんには感謝状が贈られたらしい。
並盛でもちょっとしたニュースになっている。

……真実を知っているオレとしてはなんだかなぁという感じである。
それよりも、ニュースを聞いたリボーンが 「やっぱりボンゴレに欲しいな……」と呟いていたのが怖い。













生きている者は皆、
何か一つくらい秀でているものだ。

(だからってこれはないと思う……)