私は所謂“前世持ち”と言うやつだ。

もちろんインチキでも何でもない。精神状態もいたって正常だ。
怪しい宗教団体にも入ってないし、妙な食物も摂取していない。
それと、”私の前世はとある貴族のお嬢様だったの〜”なんて、馬鹿なことを言うつもりもない。
というか、別に公言している訳じゃないからこんなとこで嘘ついてもしょうがないしね。

私の前世は、俗に言うトリッパーというやつだった。
(この呼び方が一般的に有名なのかは知らないけど、トリッパーとは様々な世界を旅する人間のことだ。)
そのときの記憶が、能力が、今も私の中に残っている。
輪廻転生のようなものかしら?

まあそれはいいのだ。
たとえ私が現在も一瞬で100メートルを駆け抜けたり。片手一本どころか指一本……は、大袈裟か。
ともかく車を持ち上げたりできるかもしれないが、そんな力は使わなければすむことだ。
というか、そんな能力を現代の日本で使ったら天才を通り越して化け物扱いだ。

だからこそ、一般人になりすまして平穏に暮らしてきた。

そんなことよりも、私にとっておかしいことが一つある。
前世からの生まれ変わり――ようは転生したというのに、私が生まれたのは前世と同じ時代。
お分かりいただけるだろうか?

つまり、感覚としてはもう一度人生をやり直している感じ。
誰しも一度は思ったことがあるだろう、『もう一度人生やり直したいなぁ』というまさにアレだ。
まあ別に、前世の記憶があるというだけだったから、特に困ることはなかったのよ。

………今までは、だったけど、ね。



* * *



某日、午後8時43分。

その日、私は飲み会の帰りだった。
寿退社するという同僚を祝いつつもからかって、さあ二次会だ―!という誘いを風邪気味だからと断り、帰宅中だった。

ちょっとしたほろ酔い加減だったが、割合しっかりとした足取りで歩いていた私は、
(そろそろ24だし、結婚とかも考えていかないとなぁ)
なんてことを、同僚に触発されたか考えていた。

その時だった。

ガスッ



「………ッ…………は?」
「へへ……ヒヒッヒヒヒッ」
「きゃぁぁぁああ!!」



決して遅い時間ではなかったために、無人ではなかった道。
近くを歩いていただろう女子大生の布を切り裂いたような悲鳴。
グロテスクな音を出しながら、私の体に次々と穴をあけていくソレ。
どくどくどくと、止めどなく溢れてくる、鮮紅色の液体。
傷口は焼けるように熱いのに、頭の中は冷たくて。
壊れたスピーカーのように、ひたすら嗤い続ける私を刺したであろう男。
それを押さえつけている警察官。
何事かと集まってくる野次馬達。
あまりにも冷静に、人ごとのように倒れたままぼんやりと見ている私。

あ、そういえば近くに交番があったっけ。
だからすぐに警察が来たのか。



「大丈夫ですか!?もうすぐ救急車が到着しますから!」



あー、すみません。
なに言ってんのか全然解らないわ。



「しっかりしてください!」



地面が生暖かく、じわりじわりと服がどす黒くなっていくのがわかる。
油断してたわ、素人に背後をとられるなんてね。
いつもだったらこんなこと絶対にないのに。

前世では波瀾万丈だったけど、今世はいたって平凡な毎日だったからなぁ。
風邪気味だったのがいけなかったのかしら?

………ああ、もうダメね、私。


そして意識はブラックアウト。



* * *



「そろそろ起きなよ、



そんな、耳障りな声で意識が戻ってきた。


――――なんで、



「………神」
「あったりぃ!いやー、よく覚えてたね。何十年も前のことだからてっきり忘れ去られてるかと思ってたよ」
「あんたみたいな奴のこと、忘れるわけ、ない」



私は前世、こいつのおかげで様々な世界に飛ばされた。
幾度となく訪れる、出会いと別れ。
どれだけ人を愛しても、どれだけ人を憎んでも、一つの世界に留まることは決して赦されなかった。
そんな人生に心は壊れそうになり、自分の運命を呪った。

―――こうなることを望んだのは、自分自身なのに。

だから私は、2度目の人生をどうか普通に終えることのできるよう、平凡に過ごしてきた。
……まあ、こんなにもあっさり人生終了するだなんて思いもしなかったのだけれど。

それはともかく、未だかつてこれほどまでに自分の特異性を恨んだことはない。

―――やっと、やっと普通に死ぬことができたというのに。

ここに、私の目の前に神がいるということは覆しようのない事実だ。

……楽には、逝かせてもらえないらしい。



「で?何の用よ。また異世界にでも飛ばすの?」
「うん?君には前世でいろいろと愉しませてもらったからね。僕としてはもう満足なわけ」
「……じゃあ、何」
「んふふー」
「キモい」
「酷いな―もう。傷つくじゃないか。それでさ、君にご褒美をあげようと思うんだ」
「ご、ほうび……?」
「そう、ご褒美!いわばボーナス特典みたいなものさ!」
「胡散臭いわ」
「そういわずに聞きなよ。君には異世界にいってもらうんだ」
「またそのパターン?……付き合ってらんないわ」
「今回は違うよ。今回君に行ってもらう世界はたった一つ。そしてそこで天寿を全うしてもらう。もちろん、今度は生まれ変わるなんてこともないからね」
「……何か裏があるんでしょ」
「ないない。僕もいい加減信用がないなあ……。たぶん、君と会うのもこれが最後だよ」



そういった神はどこか寂しそうだった。
でも同情する気はさらさらない。
口ではこう言っているものの、きっとまた遭うことになるのだろう。

そう、”会う”ではなく”遭う”だ。
こんな奴と顔を合わせるのは、災厄以外の何ものでもない。
1つの世界だと言っているが、おそらくまたいくつかの世界を渡らされるのだろう。
そういう奴なのだ、こいつは。

―――まあもう一度こいつのお遊びに乗ってやるのも悪くはないだろう。
長い付き合いだし、ね。
それに、今まで散々世界をまわってきたのだ。
その気になればこいつから逃れる手などいくらでもある。



「はあ……それで、次はどこの世界に連れて行く気なわけ?」
「あれ、思ってたよりもあっさり受け入れたね」
「どうせ拒否権はないんでしょ?それに、一度は死んだ身だもの。もう一度人生をやり直すのも悪くないわ。異世界に渡るのは今更でしょ?」
「それはいい心掛けだ。それじゃ、いってらっしゃい―――異世界の旅人さん」
「その呼び方はやめろっつーんだよ、糞野郎が」
「ばいばーい」



神のイイ笑顔を見ながら、私の意識は本日二度目のブラックアウト。
死後一時間で新たな人生を迎える人間は、きっと私ぐらいだろうな……。


さて、お次はどんな世界が待っていることやら。













全てが始まった日の話