―――そこは騒然としていた。
「さぁ!やってきましたこの試合!」
試合会場はライトによって煌々と照らされ、女性の声が高らかに響き渡っている。
その実況が聞こえているのかいないのか、観客たちの叫び声がまるで地鳴りの如く呼応した。
「お聞き下さいこの歓声!すでに会場は大興奮です!」
観客たちがそれぞれに何かを叫び合うそれは、すでに騒音を通り越して心地良さすら与えてくれる。
辺りは熱気に包まれ、夏でもないのにじわりと汗ばんでくる。
おそらく、気温湿度ともに外とはかなりの違いが出ていることだろう。
緊張はしていない。
すでに幾度となく体験したきたシチュエーションだ。
深呼吸を一度だけして、一歩前へと踏み出した。
「さあ!今期最も注目されているこの選手、・の登場だぁぁ!!」
どうしてこんな風になっちゃったのかしら……?
* * *
最初にここ、天空闘技場を訪れてから早いものですでに半年が経過していた。
やはり……というか、念を使える身としては当たり前なのだが、順調に勝ち進んでいった私は現在180階にいる。
もちろん200階まで到達することはたやすいのだが、私の目的は金稼ぎだ。
190階前後をうろうろし、ひたすらお金を稼いでいる。
そんな私に付いたリングネームは、「堕天使の」だ。……恥ずかしいにもほどがある。
これは一種のイジメかなにかだろうか。
なんでも、優しげに見える顔からは想像も出来ぬ一撃で相手を沈めるから、らしい。
どうでもいいこど、このリングネームを考える人って誰なのよ。
こんな恥ずかしい名前を平気で付けられる人の顔を見てみたいわ。
話は変わるけど、天空闘技場の上位クラスの選手ともなれば、各個人に多かれ少なかれ所謂ファンというものがつく。
原作でいうとカストロなんかがいい例だ。
原作で彼には大量の女性ファンがついていた。やつは顔も良かったしね。
かくいう私も、200階にいずれ到達するであろう選手。
それなりにファンがいる。の、だが。
「キャー!様ぁー!」
「王子っ、こっち向いて下さぁーい!」
「いやぁぁん、カッコイイー!」
これは一体どういうことだ……?
私は女だ!
私の職業は王族じゃない!
間違ってカッコイイなんて叫ばれても、ちっとも嬉しくない!
………はぁ。叫びたいことはまだまだあるが、このくらいにしておこう。
とにかく、彼女たちにひとこと言いたい。
い い 加 減 に し て く れ !
彼女たちはとてつもなく恐ろしかった。
これならばまだ念能力者の方がマシと思えるほどに。
毎日届くファンレターにプレゼントの山、電話はひたすら鳴り響き、気がつくと背後で誰か後をつけてくる。
恐ろしいのは手紙が血文字で書かれたり、プレゼントの中身が怪しげないわくつきの品物が入っていることだ。
ストーカーも真っ青なこの行動の数々には、さすがに堪えた。
相手が一般人な上女性が多いものだから、今まで手出しをすることが出来なかったが……もういい!疲れた!
気が休まらないこの状況は誰でも悲鳴を上げるだろう。
直接注意してみたが、さらに行動がエスカレートするだけだった。
警察へ相談しても、私が天空闘技場の選手だとわかると「自分でどうにかしてください」と追い返された。
住所を変えてもどこからか聞き付け追ってくる始末。
とれるだけの対策はとったけど、これ以上はどうしようもない。
―――これはもう、あそこへ行くしかない。
蜘蛛や暗殺一家と会う可能性があるから、と今まで忌避してきたけど、フラグが立つとか、そんな悠長なことは言っていられないわ。
これは死活問題よ!
というわけで、私は流星街へと行こうと思います。
* * *
暫く闘っていたため、お金には困らなかった。
むしろ普通に暮らしていくのにこんなに必要ないだろう、というくらいの金額だ。
流星街にて手頃な廃墟を見つけ、掃除と補修を施す。
もちろん外見まで綺麗にしては流星街では浮きまくり、そこら辺のゴロツキどもが大勢やってくることになりかねないので手を付けない。
そこに明らかに場違いなベッドやソファなどの家具、調理器具などを運び込む。
一人暮らしには少々広すぎるが、これで外装廃墟、内装洋館の完成だ。
自分好みの空間に仕上げることが出来た私は、とりあえず食料調達へと向かった。
「基礎調味料にお米に野菜果物お肉と魚……うん、とりあえずは大丈夫ね」
大量の荷物が入ったリュックを背負い、右手にワッフル左手に買い物袋を持って家路につく。
なんでワッフル持ってるかって?食べたかったからよ。
ひとまず2、3日分の食料は買って来たから、後の細々とした調味料や台所用品はまた明日買いに行きましょ。
軽く今後の計画を立てながら歩いていると、思わぬものを発見した。
「捨て子、かしら?」
ここは何を捨てても許される流星街だ。
ありえないことでも、なんら珍しいことでもない。きっとそうなのだろう。
3歳程度の薄汚れた男の子。
枯れ枝のような手足に、下腹だけ異様に膨れている。栄養失調の典型的な特徴だ。
ぴくりとも動かず、呼吸をしているのかどうかすらも怪しい。
……死んでいるのかしら?
「生きているなら返事をなさい。死んでいるなら逝きなさい」
頬を軽く叩きながら問い掛ければ、パチリと目が開いた。
あ、やっぱり生きてたんだ。
想像してたよりも元気そうね。
そう思っていた次の瞬間、手に持っていたワッフルをあっという間に奪われた。
まだ一口しか食べてないのに……!
「……ねぇ、おちびさん」
「………」
「ついて来なさいな。もっとお腹いっぱい食べさせてあげるわよ」
そう言って歩き出せば、無言で後ろを追い掛けて来た。
……ちょっと意外だわ。
流星街に住んでいる以上、老若男女問わずみんな警戒心が強い。
そうじゃないとここじゃ生きていけないからね。
つまり、赤の他人にほいほい着いていくなんて自殺行為も同然だ。
いや、もちろん私にこの子をどうこうしようって気はないけど。
でもとりあえずはご飯よ。
子供がこんなガリガリに痩せていていいはずがないわ。
しっかりと栄養をつけさせないと。
幸いお金は十分にあるし、食料だって買ってきたばっかりだ。
さてさて、この子が新居第一号のお客様ね。
しっかりおもてなししないと。小さく笑って玄関の扉を開いた。
「いらっしゃい。ゆっくりしてってね」
いつか運命に変わる偶然