異世界から来たという「彼女」がよっぽど珍しいのか、1年は組のよいこ達は興味津々だ。
目をキラキラさせて「彼女」に集まっていく姿はまだまだ純真なもので、微笑ましくなってくる。



「梨々香さんって呼んでもいいですか?」
「異世界ってどんな所ですか?」
「家族は何人いるんですか?」
「なめくじは好きですかぁ?」
「おいしい食べ物はありますかー?」



一斉に喋り出した彼ら。
この見事と言ってもいいほどの息のぴったりさは、幼いながらも他のどの学年にも引けをとらないだろう。
そんな彼らに「彼女」は



「え、え?えと……」



困惑していた。

まあもとより1年、それもは組は特に個性派揃い。
同時に尋ねられた場合、並大抵の者では答えるどころか聞き取ることすらままならない。
「彼女」の反応は予想通りといえるだろう。

……私も正直、聞き取れる自信はない。

そんな「彼女」を見兼ねてか、学級委員の庄左ヱ門が助け舟を出した。



「みんな、一人ずつ質問しないと!梨々香さんが困ってるよ」
「さすが庄ちゃん。冷静ねー」



庄左ヱ門の言葉を聞き、一瞬全員が口をつぐんだ。
そしてやはりというか、一番手に質問をしたのは喜三太だった。
いつものごとく、手にはなめくじの壷を抱えている。
喜三太は壷をしっかりと支えながら、喜々として「彼女」の前に差し出した。



「梨々香さん、なめさんは好きですかぁ?」
「なめ、さん……?」
「はい!可愛いんですよ!」



これです!と喜三太は「彼女」の目の前に持っていったナメ壷の蓋をとってみせた。
「彼女」は何の戸惑いもなしに壷の中を覗き込む。
と、同時に布を切り裂くかのような悲鳴が教室いっぱいに響き渡った。
かなりの声量だったそれは、近くにいた人間を驚かせるには十分だった。

「彼女」はナメ壷の底でうぞうぞとうごめくなめくじに驚いて、叫び声を上げたのだ。

それに堪らず近くにいた忍たま達はひっくり返り、耳を押さえた。
最も「彼女」の近くにいた喜三太も例外ではなく、こともあろうかナメ壷を取り落とした。

ここから先のことは簡単に予想がつく。

飛び出して来たなめくじたちに「彼女」はさらに悲鳴をあげた。
一年生達はそれに驚き、飛び出してきたなめくじは地面をはい回る。
まさにそこは阿鼻叫喚のちょっとした惨事となった。
なめくじたちからなんとか逃げようと尻餅をつきながら後ずさる「彼女」と、
逃げ出したなめくじたちを捕まえようと喜三太は教室を駆け回った。
他の者たちはというと、この状況に慣れているのか「彼女」のことなどそっちのけできゃーきゃーと笑いながらはしゃいでいた。
さすがはトラブルメーカーと名高い1年は組。
しかし「彼女」からしてみれば堪ったものではない。なんとか教室の外へと出ると、



「ご、ごめんねみんな!また後で遊ぼうね!」



と言い残し、足を縺れさせながら教室を後にした。

……余程なめくじが嫌いなのだろうか?
そこまで嫌がることもないと思うのだが、わからない。
そんな「彼女」の様子を見たは組の面々はキョトン、としている。



「どーしちゃったんだろう?梨々香さん」
「きっと喜三太のなめくじに驚いたんだよ」
「えぇー!こんなにかわいいのに……」
「しょうがないよ。女の人ってなめくじが苦手な人が多いもん」



落ち込む喜三太を苦笑しながら慰める乱太郎。
喜三太は開けられたままの戸を見つめるが、「彼女」が戻ってくる様子もなかった。
それにため息をつき、しょぼんとした表情でなめくじたちを集めていった。

こうして「彼女」と学園一のトラブルメーカーたちの対面はあっさりと終わりを告げた。

そのことには組は不満そうだったが、次の日から「彼女」を見つけると飛び付いて嬉しそうに話し掛ける姿をよく見かけた。
近くにいた他学年の嫉妬の眼も、純粋な笑顔で軽く跳ね退けている。
「彼女」も先日の騒動を忘れたかのようにニコニコと笑いかけている。
喜三太を見ると一瞬ビクッと身体を震わせている様子からして忘れたわけではなさそうだが。


何はともあれ、「彼女」はウイルスが蔓延っていくかのようなスピードで学園に溶け込んでいった。

ピンクのオーラを振りまき、普段の様子とはまったく違う上級生たち。
何だあれは。邪魔なことこの上ない。

「彼女」を取り合い、我も我もと砂糖に群がる蟻のように集まる男たち。
もしも「彼女」がくのいちだったらどうするつもりなのか。
今までの心地いい学園が変わってしまった。

忍は疑ってかかるのが基本で、日々の訓練を怠ってはいけないとはずなのに、
「彼女」がやってきてからはそんなことなど忘れてしまったかのような振る舞いをしている。
くのいちはそんなこともないものの、忍たまたちはすっかり変わってしまった。
学園は、おかしくなってしまったのか。

「彼女」は敵だ。警戒しなくては。
喜八郎曰く"タァコちゃん3号"の中で丸く切り取られた空を見上げて思った。

隣には喜八郎の温もり。
しっとりと冷たい蛸壷の中では、その温度が心地よい。
そんな中で私は「彼女」をどうしようかとその中で考え拱いていた。
だが隣で小さく寝息を立てる喜八郎を見ると、そんなことですらどうでもよくなってくる。

ふぁ、と欠伸が洩れた。

もう「彼女」のことなんて。(この空間さえ壊されなければ、あとはどうなろうが関係ない)
そう、「彼女」のことなんてどうでも……。(また起きてから、考えよう。今は、こっちが優先)
そう思い、瞼を閉じた。


心臓の鼓動を聞きながら、ふわりとした眠りに私は堕ちていった。













すべてそうやって溶けてゆく