「彼女」はお昼時には必ず食堂にいる。
役に立っているのかどうかはわからないが、おばちゃんの手伝いをしているらしい。
「お世話になっているんだから、手伝います!」と宣言したのだと、誰かが言っていた。

―――同じ、だからわかるが、現代とこの時代のそれではかなりの違いがある。

まず、包丁が切れにくい。
それに重い。
持ち上げ続けるのは一苦労だ。
さすがに忍者の学校なだけあって、クナイや刀と一緒に磨がれているらしいのだが、
いかんせんものが悪いのと一回に切る食材の量が半端ないのとですぐに切れ味は落ちる。
もちろんこの時代にピューラーなんて便利なものはないから、じゃがいも一つ剥くのにも時間がかかる。

そしてもう一つに火。
当然の如くコンロなんてものもないから、使われるのは釜戸だ。
細かな調整はもちろん、慣れない人間には火を点けることすらままならない。

作るのはもちろん、後片付けだって一苦労だ。
水があるのは井戸。
もちろん水道管なんて便利なものが通っているわけもなく、桶を使い自分の手で引き上げる。
これがなかなかに重いのだ。
普段は水瓶に入れておいたものを使うのだが、とにかく皿の数が多い。
一日で使い切ってしまうことがほとんどだ。

なので「彼女」にやれることといったら、せいぜい生徒から注文をとり、食事を配膳することぐらいだろう。

……そのことは、「彼女」を慕う者からすれば喜ばしいことなのだろうが、私にとってはいい迷惑だ。
最近は「彼女」がいない時を見計らって食堂に行くか、喜八郎に持ってきてもらって部屋で食している。

それなのに、今日は食事の途中で「彼女」が来てしまった。
なんてタイミングの悪い。

「彼女」が食堂に入って来た途端、俄かに忍たまたちが色めき立つ。
ああ欝陶しい、忍の三禁はどうしたんだか。

目に入った瞬間思わず舌打ちして、後ろを通り掛かった1年生を怯えさせてしまった。
こんな場所に長時間居たくはない、はやく食べ終わらなくては。



「梨々香さーん!」
「あ、こへくん!」



そんな食堂には今日も「彼女」の声が明るく響く。
「彼女」が微笑みを浮かべれば、周りの空気と頬が緩む。
次々とやってくる忍たまたちは、はたして「彼女」と食事とどっちを目当てにして来ているのだろう?

走りながらやって来た体育委員長である七松小平太は、心なしかいつもより柔らかい声で「彼女」に話し掛ける。



「今日のオススメはなにー?」
「んん〜、今日はAランチかな?」
「じゃあそれ!」



和やかに会話をする「彼女」と七松。

さすがの暴君委員長も、「彼女」の前ではその暴君っぷりはなりを潜めている。
……もっとも、食堂で"いけいけどんどーん!"などとやろうものなら、おばちゃんがやって来てたちまちつまみ出されるのだが。
(食堂で1番強いのはやはりおばちゃんだ)(おばちゃんはたとえ学園長相手であっても容赦しない)

そんな中、どたばたと忍にあるまじき足音を立てながらある6年生が飛び込んで来た。
1年ならともかく6年すらこれでは、先が思いやられる。
それとも「彼女」にはそうするだけの魅力があるとでもいうのか?
まるで花が咲いたかのような笑顔で笑う「彼女」に、うっすらと頬を染める忍たま達。

ああ、いらいらする。



「抜け駆けするなんて許さんぞ、小平太!」
「待ってよ留さーん!」
「留くん!いさっくん!」



物凄い表情(おそらく彼の後輩が見たら泣き出すであろう顔付き)でやって来た食満留三郎は、「彼女」を見るとその顔を一瞬で笑顔に変えた。
とりあえず、とランチを注文するとくるりと七松の方へと向き直り再びその顔を険しくさせた。

よくもまぁころころと表情を変えられるものだ、感心すらしてしまう。
これぞ6年生になればこそ成せる技か?いや違うか。

その食満と七松が言い争っているうちに、やがて他の6年生たちも集まり出した。
皆一様に「彼女」を見ると微笑みかけ、微笑みが返ってくると目も充てられないくらいに頬が緩む。
(某図書委員長は違った意味で直視できないが)

そして食満と七松の争いに加わり始める。
どうやらだれが「彼女」の隣でお昼を食べるかを決めようとしているらしい。

たかだか一人の女を取り合って、ぎゃいのぎゃいのと騒ぐ6年生のメンバー。
こいつ等は本当に端くれとはいえ忍者なのだろうか……?もうすぐ卒業だというのに。
どこまで本気なのか、わからない。

自分のことで6年が争っているというのに、当の「彼女」はニコニコと笑って見つめている。
「彼女」はこの状況がわからないのだろうか。
これが所謂天然なるものかとため息がでる。
ますますヒートアップしているというのに、全く動じていない。
それに比べると、低学年たちはすでに逃げ出し始めている。

―――立花仙蔵が焙烙火矢まで取り出しはじめたからである。

そこまでして勝ち取りたいのか。
そんなことを思いながら黙々とA定食
(今日は親子丼と豆腐のみそ汁にお新香)(相も変わらずおばちゃんの料理は美味しい)
食べていると、やはりというかおばちゃんがやって来て全員をつまみ出した。
ざまぁみ……おっと。


6年生が追い出された後の食堂はいつも通りの落ち着きを取り戻した。
どうやら「彼女」も6年生の後を追って外へと出て行ったようだ。
自ら手伝うと申し入れたくせに勝手に出ていくだなんてどういう了見をしているのだか。
まったくもって理解しがたい。
まあしかし、これで少しは私の精神状態が回復できる。

―――なにやらまだ外では争っているようなので完全に、とまではいかないが。

さて、午後は忍たまとの合同実習だ。
はやく食べて喜八郎たちと打ち合わせをしなくては。

私はご飯を掻き込み、お茶を一口飲んだ後食堂を背に教室へと足早に向かった。













世界は憂鬱に満ちていた