「じゅんこちゃーん!どこにいるのー?」



学園中に「彼女」の声が響き渡る。
どうやら生物委員会を手伝って毒蝮のじゅんこを探しているらしい。
どうしてこんなことになったのか、話はお昼時にまで遡る。



* * *



昼食も食べ終わり、のんべんだらりとした空気が漂う中、それを引き裂くかのように一人の忍たまが食堂へと駆け込んで来た。
3年の伊賀崎孫兵は級友とだべっていた竹谷八左ヱ門を見つけると声を張り上げた。



「竹谷先輩!じゅんこが…じゅんこがいなくなりましたぁぁ!」



もともと白い顔を更に白くさせ、涙目になっている姿は痛々しい。
だがしかし騒いでいるのが毒虫野郎などと一部で呼ばれている伊賀崎だとわかると、
一同は「あぁまたか」という顔付きで再び会話に花を咲かせ始める。
こんな騒ぎは日常茶飯事だ。

だが竹谷は落ち着いてはいられなかった。



「なにぃぃ!?またか!」



かくして、生物委員会による生物委員会のための毒蛇探しが始まった。
かに思えたが、ここで竹谷は同じテーブルに着いていた不破、鉢屋、久々知にも声をかけた。


おい、お前等も手伝ってくれよ。
いやだ、面倒臭い。
そんなこと言うなよー。兵助、今度豆腐買ってやるからさぁ。
いいよ。
マジで?よっしゃ!三郎と雷蔵も手伝ってくれよ。
やだね。
えぇー。
竹谷先輩はやく!
ちょっと待っててくれ!
なぁいいだろ?あ、雷蔵は手伝ってくれるよな!
え、うん僕はいいけど…。
ダメだ!雷蔵は午後俺に付き合うんだからな。
そんなわかりやすい嘘吐くなよ。
兵助!余計なこと言うな!
いいじゃん手伝ってくれよ。
だーかーらぁ、



「どうしたの?みんなして何やってるの?」
「り、梨々香さん!」



ギャーギャーと言い争っている5年生(正確には鉢屋と竹谷だけだが)を不思議そうに見ていた「彼女」が声をかけてきた。
その瞬間に鉢屋が喜色満面の顔になる。
珍しいもの好きの鉢屋が、異世界から来たという「彼女」に興味を示さないわけがない。

鉢屋は低学年の忍たまを見かけるとその得意の変装術を駆使して相手を驚かせ、その反応を楽しむはた迷惑な愉快犯だ。
それは「彼女」に対しても例外ではないらしく、その新鮮な反応が楽しいのかしばしば「彼女」の前に変装し現れて見せて驚かせている。
生憎、今は変装していないのだが(不破雷蔵の変装はもはや標準装備なので変装の内には入らないだろう)それでも嬉しそうにしている。
これも「彼女」が成せる技か。



「じゅんこがいなくなってしまったらしくて」
「俺たちで今から探しに行くつもりだったんですよ」
「じゅんこちゃん?女の子……だよね?」
「そうです!じゅんこは可愛い色白の女の子なんです!ああ、今頃は一人で……!」



ああ!と頭を抱えて嘆く伊賀崎。
そんな後輩の姿に鉢屋は少々呆れた顔になる。



「可愛い……のか?あれは」
「可愛いじゃないですか!鉢屋先輩酷いです!」
「まぁまぁ2人とも…」



言い合う二人をなだめる不破。
そんな彼らの様子を何か考え込むかのようにしてみていた「彼女」は、おずおずと口を開く。



「ねぇ、よかったらあたしも手伝うよ?じゅんこちゃん探すの」
「本当ですか!?」
「うん!おばちゃんの手伝いも今終わったところなの」
「それじゃあ一緒に探しましょう!」
「おい三郎、お前さっき予定があるって……」
「気のせい気のせい」
「八左ヱ門、豆腐忘れてないよな?」
「後で買ってやるよ!」



こうして、生物委員会+5年生+αによる生物委員会のための毒蛇探しは本当に始まったのだった。

一同はまず手分けして探そうということになったのだが、ここで揉めた。揉めに揉めた。
一体誰が「彼女」と一緒に探すのか、でだ。


私からしてみれば実にくだらないのだが、当人達にとっては重要なことらしく、私が、いや俺が、とここでも言い争っていた。
結局、「彼女」が一人だけでも探し出してみせると言い切ったことによりその場は収まった。
ここまでくるに長かった……。


躾られているとはいえ、伊賀崎以外だと噛み付く可能性が万が一でもあるかもしれない。
ということで虫取り網を片手に持って探し始めた。
「彼女」は虫取り網を持たされたことになにか疑問を抱いていたようだったが、やがて何か一人で納得したようで、虫取り網を振り回しながら捜索していく。



「じゅんこちゃーん!どこにいるのー!」



叫び、歩き回る「彼女」
その様子を学園中の奴らが見ている。
……どんな、心境なのだろうか。彼等は。

ほほえましい気分で見ている?
可愛らしい「彼女」が一生懸命に走り回る様子はさぞ愛らしいのだろう。
ハラハラしながら見ている?
何せ、彼等が大切に思っているであろう「彼女」が探しているのは"あの"じゅんこだ。
噛まれないとも限らないではないか。
手伝うべきか、見守るべきか。

ぎしり、とどこかが軋んだ気がした。
なんだこれは。気持ち悪い。吐き気がする。
なんだこいつらは。そんなにも「彼女」がいいのか。

ぎしり、ぎしり。

まだどこかが軋む。
ああ、五月蝿い。どうにかしてよ。

ぎしり、ぎしり。

なに、これ。



「じゅんこがいたぞー!!」



ようやく捕まえたのか、竹谷八左ヱ門がそう大声をあげた。
その声に、思わずはっと顔を上げる。
軋む音はどこかに消えた。
ほっとする。
あれは、何だったのか。

竹谷の声を聞き付け、真っ先に駆け付けたのはもちろん伊賀崎孫兵。
するすると首に巻き付いて来たじゅんこに頬ずりし、心配したんだぞ、と声をかけている。
その言葉を理解しているのかいないのか、じゅんこは赤い舌をチロチロと出して伊賀崎の頬を舐めている。

先程の竹谷の大声が聞こえたのか、5年生が次々にやって来た。
「彼女」は足が遅く、耳も鍛えられていないので位置がわかりづらかったのか一番最後に息を切らしながらやって来た。



「じゅんこちゃん、見つかったの!?」
「ええ、無事に見つかりました!」
「そうなんだ。よかったね!それで、じゅんこちゃんはどこにいるの?姿が見えないみたいだけど……」
「ここにいます!」



伊賀崎が意気揚々と竹谷の背後から出て来た。
もちろんじゅんこは定位置である首に巻いていて、いつになく上機嫌な様子だ。
普段、虫たち以外のことに関して感情の起伏が少ない伊賀崎にしては珍しい。
余程じゅんこが見つかったことが嬉しかったのだろう。
いつもの白い頬も若干桃色に染まっている。
そんな滅多にない後輩の姿を見ることが出来た竹谷も嬉しそうに笑っている。

そんなほのぼのとした空間を「彼女」はよりにもよって引き裂いた。



「い、いやぁああ!!なにそれ!な、なんでこんなところに蛇がいるの!?気持ち悪いよぉ!」



そう一気にまくし立てると、不破雷蔵の後ろに素早く隠れた。
竹谷は笑顔のままピシリと固まり、伊賀崎は呆然としている。

人間と同じように、いやむしろ人間以上に大切にしているじゅんこのことを拒絶され、罵られたのだ。
それはつまり、家族を侮辱されたのと同じこと。
伊賀崎は怒りと哀しみでいっぱいだった。
じゅんこのことを何も知らないくせに、「気持ち悪い」「それ」「蛇なんか」と馬鹿にしたのだ。


ゆるさない。
伊賀崎は思った。


伊賀崎が憎しみの炎をたぎらせているのにも気付かずに、「彼女」は不破の背でビクビクしていた。
たまにチラチラとじゅんこの方を見遣り、じゅんこが少しでも動くとまた小さく悲鳴を上げて縮こまる。
不破はそんな「彼女」を困ったように見て、視線で鉢屋に助けを求めるが鉢屋は面白そうににやにや笑っているだけだ。
しょうがないから久々知の方に視線を向けるが、久々知はぼーっと空を流れる雲を眺めているだけで反応すらしなかった。
不破ははぁ、と一つ溜め息を吐くと「彼女」に話し掛けた。



「梨々香さん、大丈夫ですよ。じゅんこは優しいですから噛み付いたりしませんし」
「あ、あれがじゅんこちゃん!?色白で可愛い女の子って……蛇じゃない!」
「そうですよ、じゅんこは毒蝮なんです」
「信じらんない!そんなのを首に巻いて可愛いだなんて……」
「じゅんこは、むやみやたらに噛み付いたりしませんよ?」
「で、でも蛇だよ?毒蝮だし……気持ち悪いし、なに考えてるかわかんないし。とにかくダメなの!あたし、蛇なんか絶ッ対にいや!近付きたくない!」



はは、思わず顔が引き攣る。
蛇が嫌いなのは構わない。
誰にでも得手不得手というものはあるだろう。そんなことは私だって百も承知だ。

だがしかしこの言い草はなんだ。
「あれ」呼ばわりした挙句、本人にその気はないのかもしれないが罵声を浴びせている。

私は思わず顔を歪めた。
この5年生たちがどう思ったのかは知らないが、伊賀崎は完全に怒り心頭といった様子だ。
私自身、動物というものをあまり得意としないのでわからないのだが、家族をこうも好き勝手言われたのだ。
当然のことだろう。

私だって喜八郎を馬鹿にされたりしたら、それこそそいつを一生赦さない。
ましてやそれが原因で家族が、仲間が傷ついたとなれば私はそいつを殺すだろう。
きっと伊賀崎も私と同じだ。
そんな感じがする。
ただ対象が人間か、そうでないかなだけで。

自分と、自分以外の極小数で構成された世界。

その中で私も伊賀崎も生きている。

「彼女」はそれを崩す侵入者なのだ。
「彼女」がもたらすものは崩壊のみ。
百害あって、一利無し。


ああ、ああ。こ ろ し て し ま い た い 。













目障りな休日