ここ数日間で学園の様子はがらりと変わった。
それは「彼女」が現れてから、だ。

みんな「彼女」を受け入れた。
絆された。
庇護の対象として、愛すべき相手として、共に生活する。
だって「彼女」は、忍ばかりのこの学園にはいないタイプの人間。
優しくて、暖かくて、純真で、可愛くて。
そして穢れを一切知らない「彼女」

いやだ。
いやだいやだいやだ。
嫌い嫌い大嫌い。
なんで「彼女」は此処にいるの。

ぎしり。

どうして「彼女」は存在してるの。
なぜ「彼女」はああも簡単にみんなに受け入れられているの。
怖い。
いやだ。
はやく追い出さなくちゃ。

ぎしり、ぎしり。

いやだ。助けて、喜八郎。
だって「彼女」はこの時代の人間じゃなくて。
どうして。
でも「彼女」は私と同じなんだ。
だけど、違う。

ぎしり。

また軋む。

私は苦労した。
違う習慣、違う文化、違うルール。
全部全部、死ぬ気で習得した。
じゃないとこの時代は生き残れないから。
喜八郎と一緒にいるために。

でも「彼女」は何の苦労もしないで溶け込んで、いつの間にか居座って。
どうして、なんでなんでなんで。
わからない。

ぎしりぎしり。

ぐるぐるぐるぐる。
まわる思考。
軋む音。
また軋み始めた。
どうしよう。
いやだよ、喜八郎。
わたし、いや。
なに、どうして。
でも、



「、……!」
「ッ……きは、ちろう」



音が、思考が、ぴたりと止まった。



、どうしたの」
「なんでも、ないよ」
「なんでもなくないでしょう?だっておかしいもの」
「おかしくなんか、」
。私は、の味方だよ?滝夜叉丸も、三木ヱ門も、タカ丸さんもみーんなの味方」



いつもの無表情に心配の色を含ませて、喜八郎が後ろから私を抱きしめた。
その感触、空気、匂いに、ほんの少し安心する。

だけど、だけどだけど。

喜八郎は「彼女」のことが好きかもしれない。
不安は、拭いきれない。



「絶対に私たちはを裏切らない。傍にいる。私はとずっと一緒」
「喜八郎……」
「ねぇ、何がをそんなにも苦しめているの?誰がをそんな風にしたの?」
「…私、そんなにおかしかった?」
「うん。この前の朝礼のときか、ら……」
「喜八郎?」
「ねぇ。あの女が原因なの」



何も言わない、何も答えない私。
だってもしも喜八郎が「彼女」のことが好きだったら。
「彼女」を排除しようとする私のことを、嫌いになるかもしれない。
その瞳に、軽蔑の色をにじませて、私のことを罵るかもしれない。
居場所が、なくなるかもしれない。
だから、何も言わない。
言えない、答えられない。
でも喜八郎は、私の声にしない答えを感じ取ったようだった。



「そうなんだ。……ちょっと待ってて。みんなを呼んでくる」
「ぁ………」



どうしよう、喜八郎が行ってしまった。
戻って来たら別れを告げられてみんなと共に「彼女」の元へ行ってしまう。

ぎしりぎしりぎしり。

きっと嫌われた。
私なんか用無しになったんだ。

悪夢が、現実になる。

だって「彼女」の方が優しくて美人で純粋で綺麗で。
そうだ、「彼女」の方がいいに決まってる。

ぎしぎしぎし。

ただの嫉妬?
そうかもしれない。
けれど、その「彼女」のところに喜八郎までもが行ってしまったのは事実。
みんなを引き連れて行ってしまった。

これで私の居場所は消えた。
失くなった。
喜八郎がいなくなったんだ。
もう、私の存在理由なんてない。
異物の私。
存在すべきでない私。

消えなくちゃ。
消えなくちゃ消えなくちゃ、消えて消えて消えて。

誰が?
私が、消えなくちゃ。

なんで?
だって喜八郎が私じゃない、ところへ。

どこへ?
「彼女」のところへ。

「彼女」はみんなに愛されているから、当たり前。
こんな私より「彼女」の方がいいのは至極当然のこと。
だから、消えなくちゃ。
でも、嫌だ。

ぎしぎしぎしり、軋む音。

ああ、五月蝿い。

ねぇ喜八郎、どこへ行っちゃったの?
「彼女」のところ?
滝も三木もタカ丸さんもみんな連れて、みんなで行くんだ。
そして私は一人になる。

あは、いいよね、孤独。
誰にも干渉されないで一生を終えるんだよ?
独りぼっち。
異世界からきた、"異物"でしかない私には相応しい最期になるんだろうな。

軋む軋む軋む。

きっとどこかで野垂れ死にするんだ。
ボロボロの雑巾のように、腐臭を放つ汚物のように、死肉を鳥に啄まれ誰にも認識されない獣のように一生涯を終えるんだ。
ふふふ。
ああ、楽しみだ。
私の最期はどうなるのかな?喜八郎。
黒い、黒いよ。暗闇が見える。

ぎしり。

あ、割れてる。
軋んでたのはここなのか。
中から溢れ出してくるのは赤だけ。
きもちわるい?
わかんないや。
なんかね、ふわふわしてる。
隙間からね、赤がいっぱい出てくるんだ。
ふわふわだよ。
ふふふ、喜八郎の髪のようだ。
愉しいんだ。
ふわふわふわふわふわふわふわふわふわ。
うふふふ……あは、ははははは、は



!」
「……た、き…なんで」
ちゃん、大丈夫だよ」
「…タカ丸さん?」
「そうだ、。私たちがいるから」
「三木、も」
。全部あの女のせいなんでしょう?もう大丈夫。 私たちがあの女を追い出してしまうから」
「き、はちろ……?喜八郎、喜八郎だ」
「そう私。、大丈夫。怖いものなんてなにもない」
「いやだよ、喜八郎。"彼女"が怖いんだ。いらないいらないいらない!」
「だぁいじょうぶ。だって私たちが追い出してしまうもの」
「喜八郎………でも、学園長が」
「そんなの関係ないよ?だってが嫌がってる」
「そうだ。は嫌なのだろう?ならば話は簡単ではないか」
「そうだねぇ。まずはあの人をこれからどうするか決めないと」
「タカ丸さん、だったら先に上級生を攻略しないと」



みんながとんとん拍子で話を進めていく。
私はただそれを呆然と眺めていた。

なんで?だってみんな、「彼女」のことが大好きで、受け入れて。
みんなもそうなのだと思っていた。
5、6年生みたいにとろとろに絆されて、「彼女」を愛して、愛して愛して。

私は汚く、「彼女」は綺麗。

もう4年なのだから私は既に色の授業も始まっている。
すでに私は、身も心も汚れている。
決して綺麗なんて言えない。
けれど「彼女」は穢れを一切知らない、身も心も綺麗なままで純真で。
結果、喜八郎たちが「彼女」を好きになったとしてもそれはなんの不思議もなかった。

だから、

ぎゅっと、不意に喜八郎が後ろから抱きしめてくれた。
その腕にそっと触れる。
暖かい空間。
今までさざ波立っていた自分の心が落ち着いていく。
安心する。
そっと、喜八郎に寄り掛かって目を閉じた。
とくんとくんとくん、心臓の鼓動が聞こえる。
ただそれだけのことなのに、酷く安らいでいくのがわかる。

あぁ、幸せ。
きはちろう、だいすき。



「蛸壷にでも埋める?」
「それはいつもやっているだろう……」
「保健委員が引っ掛かるだけだと思うがな」
「要するに、あの人のことを嫌いになるようにすればいいんでしょ?」
「それじゃあ――――」



みんな、私を想ってくれる。
ただ私が「彼女」の存在によって、恐れと不安と嫉妬に溢れた、くだらない思考に埋もれそうになっている、ただそれだけで。
もしかしたら学園を敵にまわすことになるかもしれないのに。

あぁ、私はなんて幸せなのだろう。



「……みんな、ありがとう」



そっと小さく呟いた。

軋む音は、完全に消えた。













世界に向けてリフレイン