僕たち6年生は、今日やっと実習が終わって忍術学園へと帰って来た。

ここで挙げる実習というものは戦闘、変装、諜報など内容は様々にあって、学年が上がるごとにその難易度も上がる。
度々頼まれる学園長のお使いはその延長というわけ。
当然、忍術学園の6年生ともなればその実習内容は普通の忍者とかわらないものが多くなるんだよね。

今回の実習も、ある城と城との戦場に出て行われたし。
各人によってその実習の細かな内容は異なるんだけど、さすがにどれも簡単なものじゃなかった。
だから全員がボロボロだし、中には級友に支えられている人もいたけど、幸いなことに死人はでなかったし良かったなぁ。
実習先で運悪く逝ってしまうことはたまにある。
まあそんなことがないよう、個々のレベルに合わせて実習内容は指示されるんだけど完璧に、とはいかない。
死者が出てしまうのも仕方がないのだ。
これも忍。
入学当初の人数と比べると、いろんな事情があるとはいえ大分減っちゃったし。

そんな僕らの帰りを待ち侘びていてくれた後輩達が、目当ての人を見つけると笑顔で駆け寄って声をかけている。
いいな、乱太郎も伏木蔵もいないみたいだし……僕としてはちょっと残念。
そんなことを思いながら、僕たち6人も、他のみんなに続き門をくぐったときに声がかかった。
梨々香さんの声だった。



「おかえりなさい!みん、な……」
「ただいま、梨々香さん」



疲れた過ぎて、多分ぎこちなくなっている顔で僕は返事した。
それはみんな同じなんだろうけど、留さんに支えられてる僕が一番酷く見えるかも。

―――とはいっても、不運委員長の名前はどこに行っても付き纏ってくるから
僕はどんな難易度の実習でもこうしてボロボロになって帰ってくることになっちゃうんだよね……。
この体質、ホントどうにかしたいよ。

他のみんなもさすがに無傷、というわけもなく細かい切り傷や擦り傷、火傷の後が服の中からちらちら見え隠れしている。
特に長次は古傷もあって、なかなかに凄まじい。
後で手当てしなくちゃ。
見慣れてるけど、そのたたずまいを見るからにはまるで熟練の忍みたいだよ。

梨々香さんはそんな僕らの様子を見てかなり慌てふためいた。



「伊作くん!どうしたのその怪我!?みんなも……大変!すぐに保健室に行かなくちゃ!に、新野先生も呼んで…」



梨々香さんはあたふたと取り乱し、目に涙を浮かべていた。
未来から来たという梨々香さんは、そういった怪我に慣れていないのかもしれない。
どんなところかは知らないけれど、話を聞くかぎりでは未来は安全で、平和なのだと思う。
それこそ事故に遭ったり、悪意のある人間が行動を起こさなければ血を見ることなんか滅多にないらしい。
僕には想像もつかない世界だ。

目を細めて梨々香さんを見た。



善法寺がそう考えるのも無理はなかった。

実際、日本で暮らしている限りでは、服に滲むほどの大量の血液など一般人が目にすることは滅多にない。
医者や警官でもないと人生に一度、経験するかどうかのレベルだ。
ましてや西園寺梨々香は純粋無垢の塊のような存在。
こんな恰好をしている人間など、一度も目にしたことがないのだろう。
治安の悪い海外ならばいざ知らず、ぬるま湯に浸っている日本では当然のことだ。

どうしようどうしようと西園寺梨々香は顔を青ざめながら、善法寺を保健室へと連れて行こうとしている。



「は、はやく行こう!?ね?」



ど、どうしようかなぁこの状況。困ったなぁ。
視線で留さんに助けを求めるけど、気付いているのかいないのか梨々香さんの方を無表情にじーっと見てる。
あ、この顔は敵を見ているときの顔だ。

学園内では滅多にしない、実習先――戦場で、する顔。

弱ったなあ、留さんもこんなのだし……どう言おうか?



「えと、梨々香さん。僕たち先生に報告しに行かないといけないから……」
「そんなこと…!後でもいいじゃない!先生もそのくらいわかってくれるよ!」



そうきっぱりと言い切った梨々香さんにに、僕はポカンとした。
多分、僕の後ろにいるみんなも似たような顔をしていると思う。

今、この人は何と言った……?

忍者というものは仕事が命、とまではいかないけど、それでもかなり重要なものだと思う。
戦乱であるこの時代に、忍者は戦場や情報収集で大いに役立つからね。
裏切り寝返り下剋上。
この時代はいつも誰もが疑心暗鬼で、いつ相手の寝首を掻こうかと企てている。
大袈裟かもしれないけど、それは事実だし。

そんな時代だからこそ、真実を迅速に伝える任務の報告というものは重要になる。
動ける、喋れる状態ならば直ぐさま主の元へ報告に行くべきなのだと思う。
僕は治療の術について学んできたから自分の身体が大丈夫かどうかなんてだいたいわかるし、そうじゃなくても忍ならば当然のことのはず。

もちろんここはあくまで学園だから、そこまで徹底する必要はないかもしれないけど、それでも本番を想定しての実習だし。
だって、フリーの忍者だろうが城仕えの忍者だろうが、それはのちのち信用問題にも発展する可能性だってあるわけだもの。

それなのに梨々香さんは"そんなことはどうでもいい"と、本人にその気はなくても蔑ろにしようとしている。
その事実は僕ら6年生―――いや、忍たま全員にとって考えられないこと。
たかが実習といって侮っちゃあいけない。
これは言うなれば予行演習のようなものだから。
戦場での事態は刻一刻と変化しているのだから、
報告するのが一刻遅れただけで状況が一変した、なんてことがあってもおかしくはない。
僕らは、そんな職業に就こうとしている。

それなのに、どうでもいい……?

実習が終わったばかりで高ぶっていた自分の心が、急激に冷めていくのがわかった。
そんな僕の心情など気付きもしない梨々香さんは、相変わらず青い顔をしている。



「は、はやくしないと……!」
「いいよ」
「え?」
「だから、いいよって言ってるんだ。僕たちなら大丈夫」
「で、でもそんなに沢山血が……!」
「大丈夫だよ。これ全部返り血だから」
「は………え?」



詰め寄ってくる梨々香さんに、浮かべた笑顔でさらりと嘘を吐いたあと、僕はさっさと留さんを促して歩き出した。
行き先はもちろん教室。
先生に報告しに行かなくちゃいけないからね。
もう梨々香さんに構ってはいられない。

ここで引き留められた分、おそらく僕らが最後になっちゃったんだろうな。
あんまり待たせたら、成績にも関わってくるかもしれない。
ただでさえ僕は不運で成績悪いのに!
急がなくっちゃ。

呆然としている梨々香さんを尻目に、振り返らずにその場を後にした。













僕は君を望まない