君だけがいれば、幸せでした。

君と僕とで構成された、小さな小さな箱庭。
君さえいれば、他には何にもいらなくて。
全部全部満たされて、充分過ぎて、望みなんてなかったんだ。

けれど、だれど、子供が作った小さな箱庭など、部外者にいともたやすく壊された。

ぐしゃり、ぐしゃぐしゃ。

僕の世界は壊された。
僕の居場所は壊された。

ぐしゃり、ぐしゃぐしゃ。

でもほか戻るところなんてどこにもなくて。
どうしようもなくて。
泣いて喚いて嘆くことすらできなくかった。

そうして気が付けば、修復困難。

どうしよう、どうすればいい?
早くしないと終わっちゃう。
早くしないと戻せない。

答えは簡単、部外者を消しちゃえばいいんだ。
僕は守るよ。
君と僕の、小さな箱庭。


さぁ、はじめるよ。



* * * * *



―――天女様が現れた、らしい。

俺が学園長のお使いによって学園を離れていた3日間の間に何があったのかは知らないけれど、
級友たちがしきりにそう噂しているの帰って早々耳にした。
というか、だれもかれもがその話題で持ち切りなものだから聞く気がなくとも必然的に耳に流れ込んでくる。

みんなどことなく浮かれていて、ふわふわした空気を漂わせてる。
なんだか気持ちが悪いなぁ。

その噂はだいたい大まかに分けて4つあった。
曰く、空から舞い降りてきた天女様。
曰く、その姿はとても愛らしく、そして美しく神々しい。
曰く、未だ眠りから覚めず、保健室で眠り続けている。
曰く、神の国からこの学園を見に来た。

細かなところは違ってくるけれど、こんな感じ。
そもそも、噂というものは尾ひれがつくもの。

だいたい、本人がまだ目覚めていもしないのに神の国から来たと決め付けるのはおかしいだろう。
どこまでが本当なのかは知らないが、どんなことにせよ自分にはそんなこと関係ない。
さっさと学園長にお使いの報告して、孫兵のところへ戻らなくっちゃ。
なにせ3日間も離されていたのだ、早く行かなければ。

学園長との対応も適当に済ませ、長屋までの廊下を急ぐ。

はやく。

はやくはやくはやく会いたい!孫兵!

早足だったのが次第に駆け足に、最後には全力疾走で。
自分と孫兵の部屋へと飛び込んだ。



「孫兵!」
!」
「ただいま、会いたかった!」



そう言って孫兵に抱き着く。
3日間味わえなかった感触をひたすら噛み締める。

会いたかった!
やっと会えた!
うれしいうれしいうれしい!

それにしてもまったく、学園長はなんと酷い。
人でなしなんじゃないだろうか。きっと狐狸妖怪の仲間に違いない。

こんなにも長い間俺と孫兵を引き離すだなんて!
せめて一緒にお使いに行けたらよかったのに。
そうすれば、3日どころか1週間でも1ヶ月でもどんなに長引いてもよかったのに!

それなのに、学園長は俺一人で行ってこいと言って無理矢理追い出してしまった。
なんということだろうか!

よし、今度あの人でなしの妖怪狸爺のところの盆栽を、事故を装って破壊してやろう。
そうしよう。
俺と孫兵の仲を邪魔した罰だ、ざまあみろ。

つかの間の抱擁を楽しんでいたら、何かが頬を撫でた。
なじみ深い、ざらりとした感触。
これは……と視線をずらすと、やっぱりじゅんこだった。



「ああ!ごめんよじゅんこ。忘れていたわけじゃないんだ!」



孫兵の首に巻き付いていたじゅんこにそっと触れる。
そのしなやかな身体に手を這わせると、嬉しそうに目を細めた。

じゅんこは、美しい。

孫兵はそう言う。
俺もそう思う。

人間でも、綺麗な人だとか美人な人は確かにいる。
だけど、その人達は見目がよくても中身が最悪だ。
どろどろのおぞましい心を持っている。

だけどじゅんこは違う。
じゅんこはどこまでも綺麗で美しい。
そこらへんの人間なんて比べられないね!

それに、じゅんこは孫兵の家族。
ということは俺の家族でもあるからさ。
家族は大切にしなくっちゃ。



「ただいま。孫兵、じゅんこ」
「おかえり」



孫兵の言葉とじゅんこのちろりと頬を舐める感触が返ってきた。

微笑む。

嗚呼、幸せだ!
今なら俺は死んでもいいかもしれない。
孫兵とじゅんこに囲まれて、見守られながら死ねるなら本望さ。

ああでもやはりだめだ。
ここで死んだら二度と孫兵に触れることができなくなってしまう。
そんなことはいやだ。
やっぱり生きよう。

長生きして、最期には孫兵と一緒に骸になるんだ。
その後は俺達の骸を孫兵が世話している毒虫達に喰べてもらうんだ。

うん、それがいい。それまでは、この小さな箱庭を守るためだったらなんでもやってみせる。
だって大切な孫兵たちのためだもの。
どんなことがあろうとも、ね。



、聞いた?」
「なにを?」
「神の国から天女が来たっていう話」
「ああ、聞いたよ。そこら中で話てるよね」
「昨日空から降りて来て、それからずっと眠り続けているらしいよ」
「ふーん、そうなんだ。まあどうでもいいよ、俺は孫兵さえいれば」
「ぼくも。人間はだけでいい」
「そっか。ふふふふ」



額をこつん、と合わせて笑い合った。
何だか共犯者にでもなった気分だ。

嗚呼、幸せ。

こんな日がいつまでも続くと、そう思っていたんだ。
だってそれは、当たり前すぎるほどの日常の一部だったのだから。













音のない崩壊