学園長によって生徒たちの前に連れて来られた天女様は、まさしくと言った風貌だった。

色素の薄い髪の毛。
顔は小さく、髪と同色で縁取られた瞳は大きい。
決して病的ではない、健康的な白さの肌の上に、ぷくりと色艶のいい唇。
赤らむ頬。

その華奢な体を包む布は、今までに見たこともないような材質と形状だ。
南蛮のものに少しばかり似ているかもしれない。
神の国に住んでいるからには、やはりあの衣紋も特別なものなのだろうか。
まさに美少女と言っても過言ではない顔立ちの天女様。
その風貌に相応しい、たたずまい。

周りの人達はみんな恍惚とした表情で熱の篭った眼で天女様を見つめてる。

でも、俺は孫兵の方が綺麗だと思うな。
その次にはもちろんじゅんこ。
俺の中では孫兵とじゅんこが特別で、二人ともキラキラと輝いているから。

学園長の話によると天女様は学園で保護し、これから事務員として働くって言ってる。
少なくとも小松田さんよりは役立つだろうって。
小松田さんは照れたみたいに笑ってた。
誰も褒めてないのに……。

というか、役に立つかどうかはともかく、天女様を働かせていいものなのかと疑問に思う。
だって天女様は神の使いなんでしょう?
まあ、どうせ贋物だろうから俺には関係ないか。



* * *



孫兵、部屋に戻ろうよ。
そう言いかけて気がついた。
孫兵の天女様を見つめる眼が妙に熱を持ち、潤んでいることに。

そして、気が付いてしまった。

これは恋情を持つ瞳だ。
恋しくて、愛しいものを見るときの眼。

―――どこかで、俺の世界が壊れた気がした。
がらがらと音を立てて崩壊していく。

嗚呼。ああなんということだろう!

孫兵はその女が好きなのか?
その女に恋をしたのか?
天女の名を語る、どこの馬の骨ともしれないその女を?

いいや違う。
きっとなにかの間違いだ。
きっと孫兵の気の迷いに違いない。
でも孫兵に限ってそんなことは……。

ああ、これは夢なのだ。
きっと悪い夢に違いない。
今まで身近な女性というものは、天敵のようなくのいちか、食堂のおばちゃんくらいしかいなかったのだ。
見目の良い天女様に、少しばかり目が眩んだのだ、孫兵は。

ああでも、孫兵に限ってそんなことがあっていいのか?
じゅんこを差し置いて、ほかの雌に目が眩むだなんて。
孫兵のそばにいても許される女性はじゅんこだけのはずだ。

そうでなければ俺はどうすればいい?
俺は?

孫兵が天女様を好きになり、天女様がそれに応え、結ばれる。
めでたしめでたしの恋物語。
そうなれば俺は、邪魔者だ。
主人公の恋路を邪魔する悪者。
二人の恋を更に燃え上がらせ、激しいものへと変えていくための調度いい材料。
最後にはその身を滅ぼされる愚者。


必要ない、いらない子。


でも、だからといっていまさら孫兵と別れ、離れて生きていけというのか。
それはつまり俺に死ねということか。
だがしかし、孫兵を想うのならば、孫兵の幸せを願うのならば、
天女様と上手くいくように手助けしなくてはならないのだろうか。

どうすれば、どうすればいい?

孫兵の幸せと、自分の幸せ。
犠牲にすべきはどちらか。

優先順位はどちらか。

そんなのは考えるまでもない、孫兵だ!
でも、でも、本当に俺はそれでいいのか。

だって、俺は、孫兵が。


ああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。


俺は気がつくと、泣いていた。


視界は滲み、憎らしいほどに青い空がゆらゆらゆらゆら歪んでた。
けれど、孫兵に俺のこの心情を悟られるわけにはいかないからぐっと、押し込める。

考えなくちゃ、どうすればいいのか。
考えなくちゃ、なにが一番最善なのか。

わからないことだらけ。

ぐるぐるぐるぐる。

頭はぐらぐら。


嗚呼、俺は一体どうすれば。













愛に飢えた悪魔の子