孫兵が泣いて帰ってきた。

部屋に帰ってきた孫兵は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、泣いて泣いて泣いた。
孫兵がこんなにも泣いているのは、2年の終わり頃に蜥蜴のさよこが死んでしまって以来だ。
混乱する思考回路の片隅で、薄ぼんやりと思い出す。



* * *



あの時も、こんな風に泣いていた。
生まれたときからずっとずっと一緒なのだと、嬉しそうに話していた孫兵。
その兄妹同然のさよこが死んでしまったとき、見ていられないほどに孫兵は悲しんだ。

さよこは、寿命だった。

死んでしまった哀しみや、気付いてやれなかった後悔、いろんな感情を瞳に宿しながら目元を真っ赤にさせて。
あの時は3日間、部屋に篭りきりで食事どころか水ですらも摂ろうとしなかった。
家族を失ったのだから当然だ。

だけど俺には――死んでしまったさよこには悪いけれど――まだ生きている孫兵の方が大切。
だから最後には無理矢理部屋に入り込み食事を摂らせた。

そのおかげでなんとかなったけど、あの時の孫兵は脱水症状を起こしていてかなり危なかった。



* * *



そんな孫兵を再び目の前にして、俺はどうしていいかわからず、ただおろおろとぎこちなく孫兵を抱きしめていた。

ああ、どうしよう。
孫兵が泣いている。
いったいどうして。
なんで。
誰が泣かせた?
なにが原因?
一体どうしたというのか。
ああ、ああ、なぜ孫兵が泣いているのだ!

その考えている間にも、孫兵はひたすらに涙で俺の肩を濡らしていった。
ようやく少し落ち着いてきた頃に、何とか事情を聞き出した。


―――例の、天女様に、じゅんこを連れて会いに行ったらしい。

じゅんこという素晴らしい女性のことを、神の国からの使いである天女様にぜひとも知って欲しかったらしい。
天女様であるならば、きっと褒めてくれるだろう、称賛してくれるだろうと思ったらしい。

そう思って、そう期待して行ったというのに、結果は正反対だった。
天女様はじゅんこを見たとたん、悲鳴を上げて逃げて行ったのだそうだ。


「気持ち悪い!」
「いやだ!」
「こわい!」


そう叫びながら。

その言葉を聞いて、怒りよりも先に悲しみが込み上げてきた。
天女様にはこの美しさが、素晴らしさがわからないというのだろうか。
じゅんこほど最高の、じゅんこほど最上の女性はいないというのに!
あんなことを言うなんて、ひど過ぎる。
そうして悲しみは怒りへと変化する。

あの人は天女様なんかじゃない!
偽りの、紛いものだ!

そう言いながら孫兵はまた泣いた。


孫兵の話を聞いた後、俺は怒った。
信じられない。
じゅんこを侮辱して拒絶した上に孫兵を泣かせるなんて!

期待していた分、落胆も大きかったのだろう。
まだ孫兵自身気付いていないようだったか、淡い恋心を抱いていたがために余計ショックだったのだ。
それほどまでに孫兵は泣いていた。

ゆるさない。絶対に、赦さない。
天女様であろうが神の使いだろうがそんなことは関係ない。
俺は天女を語るあいつをゆるさない。
孫兵を泣かせたのだ!
それは万死に値する。
ゆるさない。

あいつの、あの女のせいだ!

あの女が来たから、学園の雰囲気がおかしくなった。
あの女が来たから、壊れたんだ。
あの女が来たから、なにもかも無茶苦茶なったんだ。
あの女が来たから、孫兵が泣いたんだ!

全部全部あの女が悪い!
そうだ、そうに決まっている。
何が天女様だ!
何が神の使いだ!

ふざけるな。

よくも泣かせたな!
よくもよくもよくも!
赦さない。
何があっても赦さない。
あんなやつは死んでしまえばいいのだ。
ああそうだ、殺してしまえ。

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!

手をもげ、足をもげ。
爪をすべて剥がせ。
強姦しろ。

最大級の凌辱を天女様に与えてあげるのさ!

眼をえぐり出せ、鼻を削ぎ落とせ。
肌を切り刻み、そして剥ぐのだ!
貫け、縛れ、罵声を浴びせて殴打しろ!
骨を一本残らずへし折って、長い髪など燃やしてしまえ!
希望など一欠けらも与えるな。
与えるべきは絶望と恐怖のみ。
猿の様に喚き、豚の様に鳴くまで徹底的に。
情けなんてかける必要は一切ない。

おとしめろ。

たとえ泣いて懇願してきても決して赦すな。
後悔しても無駄なことを思い知らせてやる。
この世で生き地獄を味わうがいい。

痛め付けて嬲って弄んで、そうして天女様の心が壊れきったら解放して差し上げよう。

そうだそうだそうしよう。

いつ決行しよう。
何時がいい?
何処がいい?

そうだ、町外れで気絶させて山奥へ連れていこう。
裏々々山あたりがいいかな?
人が到底寄り付かないような素敵な山で実行しよう。

秋がいいな。
食べ物も一杯だし、冬眠前の熊もいる。
死体の処理には困らないだろう。
天女様の死骸を、骸を食べることになる熊が少し可哀相だけどまあいいや。
だって関係ないもの。

ああでも、天女様って死んだ後はどうなるのだろう。
光になって消えてしまうのかな?
そうだったらいいな、後始末が簡単で。

それよりも、ああ!早く秋にならないだろうか?
夏なんて暑苦しいものは到底必要のないものだというのに。

初夏の風が頬を撫でる。

ああ、早く秋が来ないものだろうか。
秋まで、後3ヶ月。
天女様の命も後3ヶ月。

はーやくこいこい秋!

あはははははははははは!
楽しみだなぁ愉しみだなぁ!

はーやくこいこい秋!

待っててね、孫兵!
あと少しで君を泣かせた悪い天女様を駆除してあげられるから。
もう少しの辛抱さ。
二人で頑張って堪えようね。
俺、頑張るから。
準備が整うまで我慢するから。

だからもーすこし、だよ。

待ってて!













お前が悪であることは明白なのだ