「あたしと豆腐、どっちが好きなの!」



某月某日食堂にて。
一人の少女と一人の少年が向かい合って座っている。
少女――は机に手を置き、勢いよく目の前の相手に詰め寄っている。
一方少年――久々知兵助といえば、のことなどお構いなしに昼食のメニューの付け合わせである冷奴をぱくついている。
そんな兵助の態度にはきりりと眦をつり上げ、さらに畳み掛けるかのように質問を繰り返す。



「ねえ兵助ってば!あたしと豆腐、どっちが好きなの!?」
「豆腐」



あっさりと答える兵助。
悩むそぶりなど一瞬たりともない、見事な即答だった。
それを聞いたはしばしの間呆然と固まっている。
やがてはっと我にかえると、今度は隣にいた鉢屋三郎の袖をぐわしと掴み揺さぶる。



「ちょ、ちょっと三郎聞いた!?即答されたんですけど!」
「どんまい」



はえぇー!叫ぶが、いつものことなのか周りの友人達はたいして驚きもせずに対応している。
三郎は呆れたかのようにそっけなく、食事を続ける。

つーか離せよ
袖がのびんだろ。



「うわーんらいぞー!三郎が冷たい!」
「いつものことでしょ」



三郎の前に座る不破雷蔵は、仕方のない幼子を相手にしているかのような表情で苦笑しながらお茶を啜る。

もほんと、物好きだよねえ。



「物好き、かなあ?……あ、へーすけへーすけ!あたしと結婚すれば毎日タダで豆腐食べられるよ!」



そんな友人たちの返事に少々不満なのか、少しばかり唇を尖らせていたは、
やがてなにかを思いついたのか再び兵助へと詰め寄る。
かなりの名案が浮かんだ、とでもいうかのよう満面の笑みを浮かべている。
その表情が、くのたまが忍たまを悪戯にかけるときによく身につけている笑みと若干似たところがあるのはまあご愛嬌というものだろう。

そんなの6割冗談、3割本気、1割下心の言葉に兵助も思わず顔を上げる。



「………え」
「どうしよう竹谷!悩み始めたよ!あたしへの愛は豆腐よりも軽いよ!」
「あーどんまい」



そっけない竹谷八左ヱ門の言葉。
はよよよ、と袖を目元にあて泣き真似をする。



「ううぅ。へーすけってば酷い……豆腐目当てにあたしに近づいたのね」
「あながち間違いじゃないんじゃないか?」



思いがけない友人の言葉に、は思わず、えぇ!?と声を上げる。



「そういえば、どこからかくのいちに豆腐屋の娘がいるってこと聞き付けてきたんだよね、兵助」
「豆腐を安く買えるかもって言ってたしな」



なにやら遠い目をしながら続く雷蔵と三郎の言葉にはしばし呆気にとられる。
まさかこんな解答がくるとは予想すらしていなかったのだろう。
そもそも、金目当てや身体目当てに近づく、というのは耳にすることはあるものの、「豆腐目当てに」というのも珍しい。
豆腐小僧と呼ばれる兵助にしかありえない行動だろう。



「まじで!?ちょ、兵助!あんたそんな理由であたしに話しかけてきたの!?」
「まぁ……最初は」



さすがに少々後ろめたいところがあるのか、兵助は睨んでくるの視線から気まずそうに目を逸らす。
兵助の動作にはその情報が冗談などではないことを悟る。



「ひどっ!よくもあたしの純情を弄んだなー!」
「いや、弄んではいないだろ……?」



喚く、呆れる八左ヱ門。



「うっさいやい!だいたいねぇ……あたしの家は豆腐屋じゃなくて大豆関連のお店よ!  味噌も醤油も納豆も油揚げだってあるんだからね!」
「え、そうだったの?」
「そうだよ!」



友人同士として既に数年の付き合いがあるというのに今更にして知らされた真事実。
(と、いうほど大袈裟なものでもないが)
そのことに兵助だけでなく一同が驚きに目を見開く。



「でも俺は豆腐さえあればなんでもいいや」



が、あっさりと受け入れる。
別に豆腐専門店じゃなくてもいいらしい。
意外とお手軽だ。

たいした動揺もしなかった兵助に、はガタンッと勢いよく立ち上がる。



「〜〜っ!兵助なんて、兵助なんて豆腐で窒息しちゃえばいいんだー!」
「あ、逃げた」
「足速いね、



まさに脱兎のごとく。
はあっという間に食堂から去っていった。
食堂から出ていく際に食器を返し、ごちそうさま!と声をかけていくことをもちろん忘れない。
これでも礼儀正しいのだ、は。

そんな友人の背を見送って、兵助たちは食事を再開する。



「いいのか?兵助」
「いつものことじゃん」
「そりゃそうだけど」



八左ヱ門は兵助の答えに不服そうだ。
さすがにこうも相手にされていないのことが不憫になってきたらしい。
八左ヱ門からしてみれば、くのたまとはいえ女に言い寄られるということ自体羨ましいことだというのに。
思わず八左ヱ門は、なんでこんなやつが!と頭を抱えた。



「あんまり冷たい態度ばっかりとってると、誰かに盗られちゃうよ?」



そんな八左ヱ門を横目にして放った雷蔵の言葉だが兵助はキョトン、と首を傾げる。



「豆腐を?」



ボケた。
素でボケた。

その答えに雷蔵達はがくっとうなだれる。



のことだよ!お前いい加減豆腐から離れろ!」
「ああ、かわいそう……」
「豆腐好きもここまでくるとなぁ……」



はぁぁと大きな溜め息を吐く。
先程までいたのことを呆れた目で見ていたが、
兵助がこんな調子ではが騒ぎたくなるのもわかるというものだ。
最早、言いようもない倦怠感で一杯になる。



「なんだよ、文句あるのか?」
「盗られてから後悔しても遅いんだぞー?」
「別に、を盗られるとかどうでもいいし」
「はぁぁぁ。本格的にダメだな、こりゃ」
、お前望み薄だわ……」



これが彼らの、騒がしい日常。













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