「あれ兵助、は?」



を見送りながら呆然としていた兵助だが、すぐに立ち直った。
いや、立ち直ったというよりも兵助の中でまた一人勝手に話を結論付けて納得しただけだ。

兵助は何事もなかったかのように、さっさとおばちゃんから昼食をもらい受け雷蔵達のいる場所へ座った。
彼らは先程の兵助とのやり取りを見ていなかったのか、雷蔵が疑問をぶつけてきた。



「今日、食満先輩と食うって」
「あーあ。兵助、とうとう盗られちまったな」
「食満先輩かぁ……のやつ、仲良かったもんな」



至って平然に答えた兵助。
だけれども三郎と八左ヱ門の言葉に無意識にぴくり、と反応してしまう。
雷蔵だけが、その兵助のわずかな仕草に気が付く。
ついでに言うと、兵助本人ですら気付いていない心情の変化も薄々ではあるが感じ取っている雷蔵。
なかなかに鋭い。
いや、ここではただたんに兵助が鈍いだけなのだが。
その鋭さを兵助にも分けてやりたいものだ。



「もーやめなよ、2人とも」



持ち前の鋭さで気が付いたからこそ、横目でそっと兵助の様子を窺いながら二人を窘める雷蔵。



「盗られた……とか、俺には、関係ないし」



三郎と八左ヱ門の揶揄に若干の苛立ちを覚えながらも、なんとか冷静にそう返す兵助。
そんな兵助の様子に八左ヱ門はなんとも言えない微妙な顔で兵助を見つめる。
三郎はぎゅっと眉を寄せながら少し小声で呟く。


「兵助、お前マジで気付いてないのかよ」
「なにを」



その呟きが聞こえたのか、兵助は豆腐へ向けていた視線を三郎へと移す。

ちなみにこの豆腐、食堂のメニューに含まれていたわけではなく、兵助が持参してきたものだ。
いくらなんでもそう毎食豆腐が付いているわけではない。
そんなことになったら生徒が暴動を起こす可能性とてないわけではないのだから。
思春期の食に対する欲望といったらそれはもう……。
いくらタンパク質豊富だからとって許しはしないであろう、と容易に想像がつく。
安いと言ってもそう度々出すわけにもいかない。

そんな食堂の裏事情はともかく、兵助は三郎の質問の意味がわからないのか訝しげな瞳で見返す。
そんな兵助に三郎はん、と自身の右斜め後ろを指差す。



「お前さ、さっきからすげー目つきで睨み付けてんぞ。食満先輩のこと」
「それ、は……」



無意識のうちの行動だったのか、兵助はそう指摘されてやっと気が付いたようだった。
周りから見れば兵助は食事に集中しているように見えるのだが、実のところは留三郎を睨み付け、
あまつさえ軽くではあるが殺気まで送り付けていたというわけだ。

送られている留三郎ももちろん気がついているのだが、どういうわけが何の反応も示さない。



「兵助、まだ気付かない?」



焦れたように雷蔵が問う。



「気付くって、だから、なにを」
「兵助はね、のことが好きなんだよ」
「違うと思う」



ゆっくりと幼子に言い聞かせるような雷蔵の言葉を、兵助は間髪入れずに切り返す。
こうもはっきりと言われたにも関わらず、直ぐさま否定するのは兵助ならではだろう。
他の者ならばまずない。
しかし、その否定の言葉も友人達の更なる否定で返される。



「いやいや、明らかでしょう」
「お前が気付いてねぇだけだって」
「俺はじゃなくて豆腐が……」
「いつまで豆腐を引っ張んだよ」
「………」



呆れ顔ではあるものの、ここまでどうしようもない兵助にきちんと突っ込みを入れる八左ヱ門。
そんな八左ヱ門にさすがの兵助もむ……と黙り込む。
拗ねたかのような兵助の様子に雷蔵は再びはぁーとため息を漏らす。
そして、再度兵助に問い掛ける。



「ねぇ兵助?よく考えてみなよ。この前のじゃないけどさ、豆腐と、どっちが好き?」
「豆腐」
「お前な」
「まだそれ言うか」



いい加減にしろよ、と三郎と八左ヱ門はじれったく呟く。



「でもさ、兵助。豆腐は豆腐屋に行けばたくさんあるけど、は一人しかいないんだよ?」
「それは……そうだけど」



雷蔵の言葉に不服そうではあるが頷く兵助。
さすがにここでも豆腐のように代えがきく、と言うほど豆腐に侵されてはいないようだ。



「ねえ兵助。が食満先輩のところ行っちゃったとき、どう思った?」
「なんとなく、ムカついた」



ぶすっとした表情の兵助。
どうやら思い出すだけでも腹が立つらしい。
そこまで鈍感ではなかったことに、彼らは少し安堵する。
勢いに乗ってきたのか同じ調子でさらに問い掛けを続ける雷蔵。



「じゃあ、食満先輩が豆腐を食べてたらどう思う?」
「俺もおばちゃんに豆腐もらいにいく」



当然だ、とでも言いたげな顔で頷く。そこ回答にうんうんと相槌をうつ。
そしてこれが最後、と前置きを置いて雷蔵は満面の笑みを浮かべる。



「じゃあ、が食べられそうになってたら?」



下ネタだ。



「ぶっ」
「お、おい雷蔵」



笑顔でとんでもない言葉を吐くものだから、聞かれた兵助ではなく三郎と八左ヱ門がうろたえる。
たいしたことはない下ネタなのだが、それが雷蔵の口から出てきたと思うとなにかとんでもないものに聞こえてくるから不思議だ。



「ちょっと黙っててよ、2人とも。で、兵助どうなの?」



少しばかり怯える三郎と八左ヱ門をよそに、当の本人は至って普通の顔だ。
兵助は雷蔵の言葉にしばし動きを止める。

やがてカラン、とその手から箸が滑り落ちたかと思うと、顔を青くしてぼそりと呟く。



「―――ありえない」
「そういうことだよ、兵助」



ようやくすっきりとした答えに雷蔵は満足げだ。



「豆腐はいっぱいあるし、代えもきく。でも、は一人」



比較対象が豆腐とは些か、いやかなり間違っている気がするが誰も突っ込まない。
まあ、今更だ。



「もう一回聞くよ、兵助。と豆腐、どっちが好き?」



しばしの沈黙。そして兵助は俯いていた顔をゆっくりと上げる。



「―――、だ」
「もうわかったでしょ?自分の気持ち」
「……わかった」



こくり、頷く。



「気付くの遅ぇよ兵助」
「よーやくって感じだな、これで」



友人の恋の行方がようやくはっきりしてきたのに安心したのか、軽口を叩きながらも嬉しそうに笑う三郎に八左ヱ門。
雷蔵はすっかり親が子の成長を見守るかのような表情で兵助のことを見ている。
穏やかに笑ってお茶を啜る。



「ふふふ、次は告白だね、兵助」
「こくはく」



知らない言葉でも聞いたかのように平淡な声で繰り返す兵助。
まだ兵助の頭は通常の働きが機能していないのかもしれない。



「そうそう」
「早くないか?」



さっき自覚したばかりじゃないか、と心配する八左ヱ門。
しかし雷蔵はいいや、と頭を振る。



「そんなことないよ。大丈夫」
「でも、は食満先輩と付き合ってるみたいだ……」
「それこそ大丈夫。兵助、世の中には略奪愛というものがあるんだよ?」



いい笑顔の雷蔵。
いろんな意味で男前すぎる雷蔵に、もはや呆然とするしかない三郎に八左ヱ門。

あれ、雷蔵ってこんなこと言うような性格だったっけ………?



「兵助、うかうかしていると本当にを食べられちゃうよ?」
「明日にでも告白する」



雷蔵の完璧嘘ともとれる言葉に兵助はすぐさま言葉を返す。
先程から目と鼻の先でと留三郎が楽しそうに笑いながら会話しているのだ、
それを見ていたら落ち着いてもいられないのだろう。



「俺、告白するよ」
「おう。しっかりやれよ、豆腐小僧!」
「頑張ってね」
「食満先輩に負けんなよ!」



友人達の激励を胸に、豆腐小僧、久々知兵助は今立ち上がった!













今夜、命懸けで会いに行きます