「」
告白するにしても、まずは二人きりで話す必要がある、と兵助は食堂を出て行こうとするを呼び止めた。
自身の思いは判明したのだから、兵助にはもう迷いがない。
(が食満先輩と付き合っていようが関係ない)
(とにかく自分の気持ちを、この思いを伝えないと)
そう兵助は思う。
既にには恋仲の相手がいるのだ、断られることなど兵助はわかっている。
今更に告げた自身の思いに振り向いて応えてもらえるかもしれない、なんていう都合の良い幻想も抱いてはいない。
ただ、兵助は思いを伝えたいだけなのだ。
けれどしかし、同時に迷いもある。
雷蔵にはああ言ったものの、
このまま何も伝えずに今まで通りに友達同士として接していったほうがいいのでは……という考えが確かに存在しているのだ。
(やっぱりだめだ)
兵助は自分のその考えを頭を振って打ち消す。
今のこの現状、この感情のままでの一人の友人として二人の仲睦まじい様子を見続けていくことなど到底出来そうにない。
にきちんと告げて、すっぱりさっぱりきっぱりとこの思いを断ち切ろうと兵助は腹を決めた。
「。明日、ちょっといいか?」
「明日?ごめん!明日は食満先輩と町へ行く約束しててさー」
ズキリ。
兵助はどこかに鈍く痛みを感じる。
だが平生を装い、構わないと首を振る。
「べつに、夜でもいい。話があるだけだから」
「そう?じゃあ夜だね」
「ああ」
「んじゃ、また明日!ばいばい」
よし、と頷く。
(もう後戻りは出来ないぞ、久々知兵助!)
気合いをいれ、自身も食堂を後にした。
* * *
夜の帳は既に降りていた。
「それで兵助、話ってなにー?」
部屋を訪れた兵助に、は間延びした声で聞いてくる。
ちなみに、には同室者がいない。
行儀見習いで入っただけなので、四年生に上がる時点でやめたのだ。
だから本来ならば忍たま禁制のくのたま長屋にあるの部屋にも、同室者に気兼ねすることなく入って行くことが出来る。
もちろん、そのためには監視の目をかい潜り、仕掛けられた罠にかからないようにしなければいけないのだが。
今、兵助の前にはがのほほんとした表情で座っている。
覚悟は十二分。
兵助は単刀直入に切り出した。
「、お前が食満先輩と付き合っていることは知ってる。だけど」
だけど、俺はお前のことが好きなんだ。
そう続けようとした兵助の言葉をは驚きを含んだ声で遮った。
「え、食満先輩と付き合ってる?誰が?」
「誰が、って……が」
不思議そうな顔のに困惑した表情で返す兵助。
どうやら双方で何らかの勘違いをしているようで、それに気が付いたは慌てて否定する。
「まさか!そんなわけないじゃん!」
「は………?」
ぱちくり、と眼をしばたかせて動きを止める兵助。
いまいちの言った言葉が理解できないようだ。
兵助も驚いているが、はさらに驚く。
というよりも、経緯がわからず困惑している。
「え、なに。いつからそんなことになってたの?」
「いやだって、この前、グラウンドの隅で……」
恋仲でないと言うのなら、昨日のグラウンドでのあの仲睦まじい様子はなんだったのか。
ただの先輩後輩という関係だけでああも親密な空気を醸し出していたとでもいうのか。
今すぐにでもに迫り聞き出したい。
湧き上がってきた衝動を押さえ込みながら、兵助は直ぐさまに質問をぶつける。
「ああ、あれ?あれはねー、女装用の着物買うのに付き合ってくれって頼まれたんだよ」
「じょ、そう……?」
鸚鵡返しに呟いて、ぴたりと再び一切の動きを停止する。
言葉を飲み込み脳で把握するまでに数拍の沈黙が降りる。
「そうそう!なにがそんなに恥ずかしいのか、すっごく顔真っ赤でさ。思わず笑っちゃったよー」
「―――じゃあ、今日、町へ行ったのは……」
まさかまさかまさか!
恐る恐るに尋ねる。
「ん?着物買いに行ってた。まぁ食満先輩一人で買いに行ってたら不自然だもんねー。しょうがないよ」
やれやれ、と肩を竦めながらぞんざいな口ぶりの。
普段尊敬している先輩の意外な一面を垣間見て少々複雑な思いなのかもしれない。
いや、そんなことよりも。
兵助はようやく意識が浮上してくる。
(なんだなんだなんだ。女装用の着物を買いに行っていた?)
(じゃあ、が食満先輩と付き合っているというのは間違いで)
(が食満先輩を好きだというのも全部、ぜんぶ―――)
「かん、ちがい……じゃないか」
そう、すべては勘違い。最初から最後まで兵助の早とちり、一人相撲でしかなかったというわけだ。
すべてが誤解だと分かり嬉しいのだが、友人達までも巻き込んでしまったことが恥ずかしい。
しかもなに一つ悪くない食満先輩にまで迷惑をかけてしまった。
殺気を送って睨み付けて、俺はなんてことを……!
あああああ、と兵助は心の中で頭を抱える。
そんな兵助の心情などつゆとも知らないは不思議そうだ。
「兵助?」
「いや、なんでもない」
慌ててその場を取り繕う。
一人勝手に悶絶していてはただの変人だ、と兵助は普段自分の豆腐に対する熱情を棚に上げて姿勢を正す。
ここからが本題だ。
「あ、それでさ、結局話って何なの?食満先輩のこと聞きたかったの?」
だが、相変わらず見当違いな。
どこの世界に好きな相手の話の中に別の男の話題を持っていく男がいるのか。
そんなことをするのは相手と別れたいときぐらいのものだろう。
だがしかし、と兵助は別れるどころか付き合ってすらいない。
それ以前の問題だ。
と留三郎が付き合っている、ということが勘違いだということを兵助は先ほど理解した。
想いを告げよう、そう思って部屋を訪れたが………。
(これで、俺は焦る必要もなくなったんだよな)
(たぶん、も俺のことが好きだろうし)
十二分にしたはずの決意が揺るぎかけていた。
そう、実際のところと兵助は既に所謂両思いなのだ。
どちらか一方の思いが変わらない限り、それは続いていくのだろう。
(だったら、言わなくてもいい気がする)
既に両思いということはわかっているのだ。
無理に自分の思いを告げずとも、このままの―――友達同士という居心地のいい関係をもう少し続けていってもいいんじゃないだろうか。
実のところ、兵助はをどうこうしたいという思いがまだなかった。
だからといって、が他人にどうこうされるのは黙っていられないのだが。
ともかく、食満留三郎という不安要素はなくなったのだ。
ここで焦らずとも、もう少し後……たとえば卒業時に告白することもかまわないはず。
そう、もう暫くこの関係を続けたって―――。
ふと一瞬、兵助の脳裏に浮かんだのはあの時、木の下で楽しそうに会話していたと留三郎の姿。
ぞわりとする。
あんな気分はもう味わいたくない。
ごめんだ。
そうだ、もしも今後留三郎以外にを好きだという奴が現れたら?
その時はどうするのだろうか。
(いつまでも俺がそっけなくしていたら、そちらの方に行ってしまうんじゃないか?)
いつまでも、このままでいいはずがないのだ。
行動に移さなければなにも始まらない。
(このままじゃ、)
「」
「なにー?」
の眼を真っすぐに見る。
「俺、お前のことが好きだ」
情愛のまなざし