「ねね、へーすけ!あたしと豆腐、どっちが好き?」



某月某日食堂にて。
一人の少女と一人の少年が向かい合って座っている。
二人の関係は世間一般で言うところの「恋人」というものである。

その彼女に当たる少女――は机に手を置き、勢いよく目の前の相手に詰め寄っている。
一方彼氏である少年――久々知兵助といえば、
と豆腐の間に視線をうろうろとさ迷わせさせながらもぐもぐと先ほど口にした白飯を咀嚼している。
がその様子をじれったそうに見ていたが、ようやく飲み込んだのか口を開く。



「……たぶん、



少々悩んだあげく「たぶん」と付けて答える兵助。
それを聞いたはゆるゆると頬を緩め、隣に座っていた三郎の肩をバシバシと叩き始める。



「いよっしゃあ!聞いた!?三郎ッあたし豆腐に勝ったよ!」
「いてぇよ!つか……いいのか?」



三郎の疑問には答えない。
嬉しすぎて別の世界の住人となったようだ。
しかしまあ、いつものことなのか周りの友人達は放ったままだ。
三郎もまたに返事を期待していないのか、一人首を傾げたまま食事を続ける。

お、この煮物美味い。さすがおばちゃん。



「ちょっと悩んでたよね、兵助」



三郎の疑問に合いの手を入れたのは向かい席の雷蔵だった。
ちなみにこちらはすでに食事は終了したのかお茶を啜っている。

まったくもう、兵助ってば相変わらずなんだから。
せっかく恋仲になったていうのに……。



「しかも、"たぶん"ってついてたしな」



面白がって笑いながら話に加わったのはその隣に座る八左ヱ門。
箸を軽く回し笑う姿はどこかがき大将のようでもある。

兵助の奴どんだけ豆腐好きなんだよ。
ここまでくると筋金入りだな。



「いいの!豆腐に勝ったんだから、あたしは幸せだよ!」



満足そうに、満面の笑みを浮かべる
数日前と同じやり取りのはずなのに、前回とは大分違う。
楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうな姿がそこにはあった。

そんなにうんうんと頷いた八左ヱ門は兵助の背中をぱしんッと勢いよく叩く。



「だってさ。よかったな、兵助!」
「うん」



先ほどから視線は冷奴(三郎の定食の付け合わせ)の方へと釘付けだが、それでも喜色滲ませて答える。
それに気がついた三郎はおばちゃんの眼を盗み、そっと兵助の方に寄せる。
どうやら祝いのつもりらしい。
両者共に機嫌はかなり良いようだ。

それを眺めていたはますます嬉しそうに笑う。



「あ、ねね、兵助。結婚は?あたしと一緒になれば豆腐食べ放題だよ!兵助のためにあたし毎日豆腐作るから!」
「する」



見事なまでの即答。
相変わらずだ。

兵助の返答を聞いていた八左ヱ門は微妙な顔をして呟く。



「……今のは、と豆腐、どっちに釣られたんだ?」
「豆腐じゃね?」
でしょ」



どちらともとれそうなのが怖い。
好きな女をとるか、愛する食物をとるか、微妙なところだ。

ごくり、となぜか全員で息を飲み、空気が張り詰めたところで八左ヱ門が代表して問うた。



「兵助、どっちだ?」



いたって無表情の兵助。
わずかな沈黙。そして、



「……両方」
「本当!?やったね!」



まさかの総取り。贅沢だ。
しかも普通ならここでどうして自分をとらないのかと怒る場面のはずなのに、は諸手を上げて喜んでいる。
この彼氏にしてこの彼女あり、とも言える。



「……いいのか?」
「いいんじゃない?、幸せそうだし」
「まあ、いいのか」



うん、と納得する一同。なにはともあれ、結局のところは二人とも幸せそうだ。



「あ、そーいえばあんた達、よくもあの時逃げてくれたわね!おかげでシナ先生に怒られたじゃない!」



ひとまず落ち着いたことで先日の出来事を思い出したのか、はバシンッと食卓を叩く。
と、おばちゃんにジロリと睨まれたものだから慌てて謝る。
そんなを笑った後、八左ヱ門は顔を歪めて言った。



「あー、あの時かぁ」
「僕等も長屋に帰ったら木下先生に叱られたよ」
「待ち伏せされてたんだぜ?あれはマジでビビった……」



苦虫をかみつぶしたような表情で口々に話し出す。
よほどこってりと叱られたのだろう。
もあの後、罰則として雑用やら掃除やらを押し付けられた身なのでまあお相子といえばそうなのだが。
話を聞くと、どうやら朝までぶっ通しで説教されていたらしい。
もちろん正座で。



「それは………ご愁傷様?」



苦笑しながらもはそう言うしかない。
説教か雑用か、という二択が仮に選べたとしてもどっちもどっちだろう。
どんな内容の説教だったかを身振り手振りを加えて大袈裟に語っている八左ヱ門を視界の端に捕らえながら、兵助はふと真顔になって呟く。



「でも、なんか祝ってもらった」



その言葉に三郎はああ、と頷いて得意の術を披露する。



「"よかったな"」



素早く自身の顔と声を変えて再現。
髪の質感から眦の皺一本まで完璧に似せる。見事な変装なのだが、身体付きまでは変わっていないためやはり少々違和感が否めない。
だけれども雰囲気は十分に伝わり、雷蔵がそうそうこんな感じ、と拍手を送る。
充分な反応が得られて三郎は満足気だ。
そんな双忍は放っておき、は話を進める。



「兵助も?」
「先生達にはお見通しだったってことだな」
「忍者の三禁はどうした!って怒られなくて良かったねぇ」



雷蔵の言うことはもっともである。

と兵助は忍の三禁の一つである色恋事に、ど真ん中で引っ掛かっている。
そこまで厳しく禁止されているわけではないのだが、それでも犯さないに越したことはない。
あまり褒められた行為でないことは確か。
少なくとも、手本となるべき教師が祝うものではないだろう。



「例え怒られたとしてもあたしと兵助の愛の力があれば乗り越えられるわ!」
「よく言うぜ」



ぐッと握りこぶしを作り、声高らかに宣言する。
手に負えない、という様子でやれやれと肩を竦めるのは八左ヱ門。
それは以前、委員会でちっとも言うことを聞かない犬に対する反応とまったく同じだった。
幸いはそのことに気が付かない。

そんな、ある意味失礼な八左ヱ門を咎めるかのような口調で兵助は言う。



は俺が守るから平気だ」



きっぱりと、断言する。はそれを聞きぴたりと動きを止めた。
自分がいろいろと言うのは平気なのに、それが兵助となるとダメらしい。
見る見るうちに顔が朱色に染まる。



「おお、兵助男前だ」



三郎が感心したように唸るが、雷蔵がすかさず合いの手を打つ。



「兵助、本音は?」
と別れることになったら豆腐が食えなくなる」
「ちょ、兵助!?」



まさかの爆弾発言には焦り、赤かった顔が一気に青ざめる。
晴れて恋仲になったとはいえ、兵助の豆腐への愛が変わらぬことを知っているが故に真実味がありすぎて怖い。
先程はの方がいいと言っていたが、それも豆腐屋の娘ということも含めてなんじゃ……と。



「嘘。のが大切だ」
「ッ!?」



そんなの心情を知ってか知らずか、兵助はあっさりと前言を撤回する。
そしては再び顔を赤らめ、恥ずかしげに俯く。
さっきからは顔を青くしたり赤くしたりと忙しそうだ。

それはともかく、そんな二人を周りはもちろん冷やかす。



「お熱いねえ、お二人さん」
「いよッ豆腐夫婦!」



熱い熱い、とわざとらしく手で扇ぐ三郎。
楽しそうに笑いながら囃し立てる八左ヱ門。



「三郎竹谷うっさい!あと豆腐夫婦って何よ!」



そんな呼び名なんていやよ!と憤慨気味の



「豆腐夫婦……いいな、それ」



恍惚とした表情でうっとりと呟く兵助。



「ちょっと!兵助もうっとりしないでよ!」
「あはは、も大変だ」



そんな仲間達を見てひとりのほほん、とお茶を啜る雷蔵。






これぞ彼らの、騒がしい日常。













愛したい気持ちでいっぱいです