私は猫である。
名前は決まっていない。

相手によって私をどう呼ぶかは変わってくるからだ。統一しようにも私の言葉は通じないので諦めた。
そんな私の一日は、身嗜みを整えることから始まる。私のような賢猫には当然のことだな。
顔を洗い、毛並みを整えているところへいつも変な臭いをさせている奴がやってきた。



「やあ又三郎、おはよう」

お前は変なニオイがするから嫌いだ。近寄るでない

「あ、逃げられた……」
「お前薬臭いから嫌がられてんじゃねぇのか?」
「うるさいよ。留三郎だって触らせてもらえないくせに」
「んなことねぇし!」
「あるし!」

ぎゃあぎゃあとうるさい奴らめ、付き合っておれんわ。



一声鳴いて、さっさと逃げ出す。私は腹が減ったのだ。
いつもの場所へ行くと皿に今日朝飯が用意してある。ふむ、鮭とは豪勢。
朝飯は毎日気の良い奴が用意してくれるのだ。ただし、残すと「おのこしはゆるしまへんで!」と怒声が飛んでくる。
まあ私は残すなどという愚行は犯さないが。

朝飯を食べ終えた私は食休みをすべく、いつもの場所へと歩いていく。



おや、先客がいると思えばじゅんこ殿ではないか。

「シャー」

じゅんこ殿は散歩か。どうだろう、よければ私と共にここで、

「じゅんこぉ!危ないぞ!そいつに近寄るんじゃない!食われてしまう!」

……やれやれ、うるさい奴が来てしまったな。じゅんこ殿も大変だろう、あんな過保護な奴がいると。

「シャー!」

む、わかったよ。独り身に惚気話はやめてくれ。馬に蹴られないうちにとっとと退散することにしよう。



食休みは諦めて散歩をしていると、門前にてヘムヘム殿と会った。



「ヘムヘム」

ああ確かに、今日は良い天気だ。

「ヘム、ヘムヘム」

なに?それは本当かね。

「ヘム」

そうか、ありがとう。早速行ってみることとしよう。



ヘムヘム殿にもらった情報に従い、人間共の住み処へと足を進める。
ヘムヘム殿によると、どうやらここの人間が私の毛繕いをしてくれるという。
さてどこにいるものか……と辺りをうろちょろ歩き回っていると、突然の浮遊感に襲われた。穴だ。
くるりと身体を反転させ、上手く着地は出来たものの……うむ、高いな。跳躍のみでは少々難しいとみた。
しかし登って出るのも面倒臭いな。食後の運動はあまり好かんが、まあ仕方あるまい。爪が汚れるが登っていくこととしよう。



「おやまあ、トラえもんじゃあないか」

そういうお前は穴掘り小僧。そうか、穴を掘ったのは貴様か。

「もしかして出られないのかい?猫のくせに」

出られないわけがなかろう。考え事をしていただけだ。

「しょうがないねぇ。私が出してあげよう」

お前が掘った穴だからな、遠慮はせんぞ。

「よっこいしょ。タカ丸さんのところへ行こうか」

好きにするがいい。



穴掘り小僧が連れていった先は、目的の人間の元であった。運が良いな。おかげで毛並みが更に美しくなった。
うむ、ヘムヘム殿が言っていた通りだな。大満足だ、素晴らしい。

毛並みが整って満足した私は、昼寝をするためにある部屋へと向かった。
この部屋は陽当たりもよく、また主は物静かで居心地がよい。たまににぼしをくれたりする、私が人間の中で一番好きな奴だ。



「……チビ、来たのか」

来たぞ。どれ、膝を貸せ。

「本を汚さないようにな」

知らん。私は寝るだけだ。



膝の上で丸くなり、一番寝心地の良い体勢をとる。ああ、やはりここは落ち着くな。
大きな欠伸をしてからうとうとと微睡んでいると、あいつがきた。



「長次!バレーをしよう!」
「小平太、図書館では静かにしろ」
「おっ、チビじゃないか!」



その騒々しさに思わず非難の声を上げた。
こいつはケモノのくせに人間と同じ言葉を話すおかしな奴だ。しかも二足歩行をする、人間によく似たケモノ。



「チビ、私と遊ぼう!バレーだ!」

嫌だ。



こいつの遊びに付き合うと酷い目に遭うのでとっとと退散する。
やれやれ、今日はどこへ行っても落ち着くことができない。

次なる昼寝ポイントへ向かうべく、屋根の上を歩いていると怪しい奴らに出くわした。



なんだお前ら、見かけぬ奴らだ。

「おや、猫だよ尊奈門」
「猫なんて別に珍しくもないでしょう」

何を言う、私ほどの賢猫はそうそうおらんぞ。

「そんなことよりも組頭!早く帰りますよ!」
「はいはい」



……妙なる奴だ。もしや私の縄張りを荒らす不届き者かとも思ったが、どうやら違うらしい。
追いかける前に素早く去って行った。もう気配もない。やりおるな。
だが怪しいことに変わりはない。次にやって来るときには私の爪と牙をもって退治してくれよう。

さて、こんなことをしているうちに日が暮れて始めてしまった。早く行かねば食いそびれてしまう。
人間共が話していた情報によると、どうやら今日の夕飯はおでんらしい。ご馳走だ。
いつもの男へと近寄り、一声かける。



「タマ、よくきたな!」

ああ、だから早くよこせ。

「よしよし、見つからないようにな。こっそり頼むぞ」

私を落ち着きのない人間と一緒にするな。騒ぐわけがなかろう。

「いつもありがとな、タマ」

礼を言うのはこちらの方だ。お前はたくさんくれるからな。



腹一杯に夕飯を食べた私が夜の散歩のために塀の上を歩いていると、厄介な奴に会ってしまった。
たかだか一日でこうもいろんな奴に会うとは……今日は厄日かもしれない。

奴はギンギーン!と鳴き、恐ろしい形相で私を追いかけてくる。
例に違わず、今回も三味線にしてやらんとばかりの眼力で追い回してきた。
どうやらこやつは私のような身軽さを身につけたいらしい。この私から学ぼうとは、人間のくせになかなか殊勝な心がけだ。
だがタンレンと言っては追い回される私の身にもなってほしい。いやはや、これだから人間は面倒だ。

こやつが到底通れぬような道を通って撒き、夜の寝床へと逃げ込む。やれやれだ。
今日は一段と多くの人間に会ったから、いつもより疲れた。
普段ならまだ活動しているが、いやいや、とっとと寝るとするか。

隙間を通り抜け、部屋へと入る。



邪魔するぞ。

「あ、にゃん太」
「ほんとだ。また左門の布団で寝るのか?」

まあな。こやつは体温が高いから快適なのだ。

「たまには俺の布団で寝ればいいのに」
「三之助、作兵衛と一緒に寝るのはどうだ!」
「狭いっての」

ああもう、騒がしいのはうんざりだ。いいから寝るぞ、早くしろ。

「作兵衛、三之助おやすみ!にゃん太も!」
「おやすみ」
「おやすみー」



私の騒がしい一日は、こうして幕を閉じた。やれやれ。













猟ある猫は爪を隠す