例えば街を歩くとき。
例えば信号待ちの交差点。
例えば教室へと入った瞬間。
例えば混雑した駅のホーム。
例えばバスの窓の外。
例えば路地裏の店先。

例えば、例えば、例えば。


数え上げれば切りがないが、自分はいつも誰かを探している。


―――いや、「誰か」じゃない。
探しているのはかつての親友、仲間達だ。



* * *



幼い頃から、自分には昔の記憶があった。
昔というのはもちろん、母親の胎内にいた頃とか、ハイハイで床をはいずり回っていた頃とか、そんなんじゃあない。
もっと昔、今では「室町時代」なんて言われている時代のことだ。

その時代に自分は忍者を目指し、学園で学んでいた。
楽しくて辛くて面白くて退屈で、喜びも悲しみもみんなみんな沢山の思い出が詰まったあの頃の記憶が甦ってくるのだ。


はじめの頃はそれが何なのかはっきりとはわからず、母親に

「おれはにんじゃなのー!忍たまなんだ!」

なんてことを言ったりして、それはたいそう困ったらしい。

だけどそれも、自我がはっきりとしていくにつれてなくなっていった。
それが異常なことだと理解出来るようになっていたから。
生まれる以前のことを覚えているだなんて、自称霊能力者と名乗る人間くらい胡散臭い。

仮に前世を覚えている、なんてことを人に言ったところで、冗談ととられるのがオチだ。
信じる奴なんているわけがない。
前世は前世。ただの思い出なんだ、と自分に言い聞かせて忘れようとした。

何度も、何度も。

けれど、今もときどき夢をみる。仲間と過ごしたあの頃を。



留三郎先輩!一緒に遊びましょー!」
「また怪我したのかい、留三郎。まったく、君ときたら……」
留三郎!壊れた!直してくれ!」
「油断するなよ留三郎!そっちへいったぞッ」



夢の中の自分は、いつも楽しそうで。



「おう、喜三太しんべヱ!なにするんだ?」
「だってよー伊作文次郎の奴がさぁ」
「またかよ小平太!ああもう、長次もなんとか言ってやってくれ!」
「わかってる!お前こそヘマすんじゃねぇぞ、仙蔵!」



生き生きして、輝いている。支え合って、助け合って、時には衝突しながらも、それを楽しむ自分。
一秒たりとも無駄にはしまいと、全力で生きる自分。
そして仲間達との――現代では稀有な存在となってしまった――絆が、そこには確かにあったのだ。


それらがすべて、忘れられない。


求めているのだ、あの日々を。
求めているのだ、あいつらを。



* * *



いろんな街へ行った。
休みの度に、少し遠くの街まで足を延ばした。
平日や出掛けられない日には、少しでも多くの情報を求めてネットサーフィンをした。

この時代にあいつらがいるかどうかなんてわからない。
生まれていないかもしれない。
生まれていても、俺とは歳が違うかもしれない。
前世を覚えているなんて、俺だけかもしれない。
あいつらを見つけ出したとしても、わからないかもしれない。

不安だらけだ。

それでも、希望がないわけじゃない。
だからきっと、俺は

(ここにも、希望を)

中高一貫の学校、私立大川学園。
理事長の名は、大川平次。

ネットで見たその写真はまさにあの頃と同じもので、ピースをした変わらぬ笑みを浮かべて写っていた。
学園長に記憶があるのかどうかはわからないが、それでも相変わらずの様子に思わず苦笑してしまったのは記憶に新しい。

親を説得し、地元の公立高校に通う予定だったのを変更。
人気校なのか、偏差値が高かったけれどなんとか合格した。

それもこれもすべてあいつらに会いたいという思いによって。

自分はこんなにも女々しい奴だったのか、と情けなく思ったこともあった。
そんなにも執着していただなんて。


* * *


校門をくぐると葉桜になりかけた、残り少ない花びらが宙を舞った。

桜は散り始めたらあっという間だ。
それだけは今も昔も変わらない。

中へ入ると、臨時に特設したであろう掲示板が立っており、そこにクラス表が貼られていた。
この学校はクラス人数が少ない。
いくら少子化とはいえ、3クラスしかないのには驚いた。
少人数で教えるというのはいいかもしれないが、可笑しな気分だ。

比較的人の少なかった3組の方から順に眺めていく。
案の定、直ぐさま自分の名前を発見した。
こうもあっさり見つけると、なんだか拍子抜けだ。

(ま、こんなもんか)

後は入学式の時間まで教室で待機。
さっさと教室へ向かおうと踵を返した時、ふと聞こえてきた声に足を止めた。



「な、名前がない……!」



振り向くと、頭を抱えしゃがみ込んだ男子生徒が一人。
ざわめく中で一人あーだのうーだの呻いている姿は存外目立つ。
俺のすぐ横でもそれを見た女子が囁き合いながらくすくすと笑っている。


ねね、あの男子もしかしたら間違えてるんじゃない?
えー、なにを?
自分が大川学園に受かったってこと!
うそぉ勘違い男?ヤバくない?


(ヤバいのはお前らだっての)

はぁぁ、と思わずため息を漏らしながら進行方向を掲示板の方へと修正する。
それ以上会話を聞きたくなかったのと、しゃがみ込んだそいつがあまりにも可哀相に思えたからだ。
学園側の不備か、それとも本当に勘違いだったか。

どちらにしろ、放ってはおけない。



「あんた、大丈夫か?」
「なんでだろう。僕ちゃんと合格してたよね?合格通知もきたし。うん」



聞いちゃいない。

なにやらぶつぶつと呟いて考え込んでいる。
その呟きを拾う限り、どうやら合格はしているらしい。
ということは学園側の不備なのだろう。

それにしたってまさか自分の名前がクラス表に載っていないとは、不運な奴。
あいつみたいだ、とあの頃の親友を頭に浮かべて小さく笑った。



「ああどうしよう。職員室に行って確認してもらおうかな」



まだ独り言を言っていたらしい。
掲示板の周りも波が引いたのか人が疎らになってきたので、そこまで奇異な目で見られることはないが、目立つことには変わりない。
この状況はこいつにとっても、きっと本位ではないのだろうし。
だがまあ可笑しな奴だ、ますますあいつに似ている。



「はぁぁ、どうして僕ってこんなに不運なんだろ。前世から引き続き不運だなんてやってらんないよ。
不運委員長の名前だっていい加減返上したいのに……」
「!?」



今、こいつは何と言った……?

未だにしゃがみ込んだままなおも呟く男をまじまじと見詰める。
黒く短い髪。
あの頃のように結い上げるほど長いわけではない。
けれどしゃがんだその後ろ姿は確かに重なった。

そして"前世から引き続き""不運委員長"のキーワード。
それだけで充分だった。

期待と、不安と、確信を持ってその男の名を音に乗せた。



「いさく……」
「はい?」



小さく掠れた声しか出なかった。
それでも充分に耳に届く音量だったようだ。

風が吹いて桜の花を舞い上げた。

ゆっくりと、男が振り向く。
そして―――













何かが始まる音がした