「お前の不運は、死んでも治らないな」



なんて、言われることはよくあった。昔の話だ。
それは馬鹿にしきった表情だったり苦笑した表情だったりと、込められた感情はその度に違ったけれど。

(でもまさか、本当にその通りになるだなんて。誰も予想しなかっただろうなぁ……)

生まれる前からそれが当たり前だったという、筋金入りの不運。
神様に呪われてるんじゃないだろうか、なんて思ったことは一度や二度じゃあない。
これは呪い的ななにかだよ、絶対。

道を歩けば必ず転び、トイレに入れば高確率で紙が切れてる。
長時間並んで買おうとしてた物が僕の目の前で売り切れたり、そうそう、強盗に出くわしたこともあったっけ。
そんな不運な僕だけど、一つだけ幸運なことがあった。
これだけは、神様に感謝したっていい。


―――"あの頃"の記憶が残っていること。
それだけは、よかったと思う。



「しっかし掲示板に名前がないだなんて、お前は相変わらずだなあ」



だって、またこうして留三郎と出会うことができたんだから。
桜の花びらがひらひらと舞う中、またこうして二人並んで歩けるんだから。



「留三郎だって、あんまり変わってないよ。あの頃のままだ」



懐かしく、そして嬉しかった。
自分が人とは違う記憶を持っていることはわかっていた。
そしてそれがどういうことなのかも。

だからこそ、こうして自分と同じ境遇の、同じ仲間に再び出会えたことが嬉しくて堪らない。
会えるだなんて、思ってもいなかったから。



「ねぇ留三郎。他のみんなには会った?」
「いや……お前が初めてだ」



聞けば、これまでの人生でいろんな場所へと僕らを探しに行っていたという。

―――僕もこの世に生を受けたときから記憶は備わっていたけれど、探すことはなかった。
仲間達に会いたくなかった訳じゃない。
ただ、なんとなくだけれど、そのうち会えるんじゃないかと思っていたから。

僕にしては楽観的過ぎるし、確信なんてあったものじゃない。
半信半疑もいいところ。
いや、そう思わなくちゃやっていけなかっただけかもしれない。

そうして僕は、また楽観的過ぎる意見を口にする。



「案外、みんなこの学園にいたりしてね」
「だったらいいけどな」



そう言って薄く笑った。
留三郎はあんまり信じていないみたいだけど、僕はすぐに会える気がする。

あの頃、15歳の僕らは桜の下で別れた。
今日、15歳の僕らは桜の下で出会った。

こんなにすごいことって、ないと思う。
まだ留三郎だけだけど、絶対に他のみんなにも会える。
うん、これは楽観的な考えじゃあない。

僕の、願いだ。


キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
それを聞いた留三郎が、少し急いた様子で足を速めて言った。



「急ごうぜ、伊作。早くしねぇと入学式が始まる」
「分かった。あ、事務室あそこみたい」



見えてきた事務室に向かって歩き出す。

―――この学園って、広いよね。
山の中に建てられていて遮蔽物がないせいか、かなり広めだ。
グラウンドの大きさや教室の数が、生徒数を考えるとかなり余裕がある。
寮だってあるというのに、すごいなあ。
学園長先生、この時代で一体どんなことしたんだか。
きっと相当なお金持ちになったに違いない。


事務室に着いたところで事情を話し、名簿をもう一度確認した上で書類を調べてもらった。
初め事務の人は訝しがっていた。

ていうか僕、本当に合格しているよね?これで実は本当に僕の勘違いだったらかなりショックだ。
せっかく留三郎とまた会えたというのに。
こればっかりは気楽に構えてもいられない。なにせ僕は筋金入りの不運なのだから。


結局、そんな不安も杞憂に終わった。
確かに合格していると判明すると、事務の人は申し訳ないと頭を下げ、パソコンの方で僕のクラスがどうなっているかを調べてくれた。



「善法寺伊作くん、3組ですね。……本当にすみません、こちらの手違いで」
「いえ。クラスが分かってよかったです」
「ちょっと待ってて下さい、今直しますので」



事務の人がパソコンに向かってなにやら打ち込んでいる。
たぶん名簿修正。
キーボードを叩いてマウスを操り、モニターを確認して印刷機の方へ足を進める。
やがて出てきたプリントに目を通し再確認した後、それを差し出して言った。



「担任用のプリントも間違っていますので、渡しておいて下さい」
「あ、はい。わかりました」



これで問題解決、かな。

ふぅ、とため息を漏らす。
それにしたって、なにも入学式の日にこんなことにならなくってもいいのに。
僕ってやっぱり不運だ。

事務室の隣の壁、掲示板を見ながら我が身を嘆いた。
学校案内図、今月のお知らせ、校内新聞、部員の募集ポスター、新入生のクラス名簿。
あ、ここから体育館まではちょっと遠いかな?なんて思って、そういえば留三郎が何組なのか聞いていなかったと思い出す。

どうせなら同じクラスがいいけど、と留三郎に聞かずに名簿の方に視線を走らせる。
1組、なし。
2組、なし。

―――――違和感。
もう一度、1組から確認していって、



「ね、ねえ留三郎!ここっここ見て!」
「どうした?」



張り出されたクラスの名簿。
見間違いなんかじゃない。
1組と2組、その両方に彼らの名前はあった。



「―――ッ伊作!行くぞ!」
「ちょ、待ってよっ留三郎!」



駆け出す留三郎に慌てて叫ぶ。
事務の人にもう一度お礼を言ってから、その背中を追い掛けた。

ああ、やっぱり僕の予想は間違っていなかった!
やっぱりみんな、ここにいるんだ!

高揚する心の中で、けれど一瞬、嫌な思考が頭を過ぎる。
もしかしたら同姓同名の別人かもしれない。

(……いいや、そんなはずがない)

1人だけならともかく、全員が同じ名前だなんて。
絶対に、みんなだ。

さほど長い距離を走っているわけでもないのに息が上がり、頬が紅潮する。
ああ、運動不足だ。
しかもこんなに大きく足音を立てるだなんて、忍者失格だな。
そんなことを思いながら角を曲がった。

珍しく僕は不運体質を一度も発揮することなく、新入生の彼らがいるであろう体育館までたどり着くことができた。
中はまだ式が始まる前なのか、ざわざわと声が波になって外にまで漏れている。
大きく息を吸って、吐く。

留三郎と二人並んで立ち、扉に手をかけた。
そして―――













そこに光が差し込んだ