鉢屋三郎は憤慨していた。



「いったい何なんだ、あの先輩は!変装が足を見ただけで見破られるだな んて聞いたこともない!私の変装は完璧なはずだろう?そもそも普通は顔 を見て人を区別するだろうに、なぜ先輩は足を見るのだ!わけが分 からない。そもそも足にそんなたいそうな違いがあるというのか?まった くもって理解不能だ。不愉快だ!あんな方法で見破られるなんて、屈辱以 外のなにものでもないぞ!」
「三郎、うるさいよ」
「そうカリカリすんなよ。さすがの変装名人も、先輩の足フェチには敵わないってことだろ」



竹谷八左ヱ門の言う通り、先日の出来事から今日まで三郎はずっと不機嫌 であった。当初、周りの人間はに袴を下ろされたせいだろう と考えていたが、先程の台詞を聞くかぎりどうも違うようである。地団駄 を踏み、悔しそうに喚き散らす三郎だったが、友人たちの反応はいたって 冷たいものだった。そもそも不破雷蔵は本を読み、八左ヱ門は筋トレをし ながらで真面目に話なんか聞いちゃいない。それでも、友人たちの反応な んぞ関係ないのか変わらず三郎は一人で憤慨している。



「いいや、そんなことがあっていいはずがない!そんな事実があっていい はずがないのだ!完璧でなければ私が変装名人と呼ばれるに値しない。天 才鉢屋三郎の名を汚すこととなってしまう!そんなことがあっていいのか ?否、ありえない!」



なぁ雷蔵、オレ帰ってもいい?ダメだ!ちゃんと聞け八左ヱ門!こそっと 囁いた八左ヱ門の言葉を拾った三郎は素早く阻止する。聞いていないよう でしっかり注意を払っているのが三郎である。実は寂しがり屋であること は、仲間内ではすでに周知のことだ。けれどもやはり友人の言葉は冷たか った。



「うわー、自分で天才って言っちゃってるよ」
「つか、顔ならともかく足まで似せんのは無理じゃね?」
「さすがに無謀だよね」
「それでも私はあの先輩をあっと言わせたいんだ!お前らは見たことある か?先輩が顔を歪めるのを!いや、もちろん足関係でなら雪崩を起 こしそうなほどに崩すんだが、私はそれ以外で先輩をどうにかした い。ぎゃふんと言わせたいのだ!」
「なんか趣旨違わねぇか?」
「ようは先輩を泣かせたいんだよね、三郎は」
「じゃあ俺に良い考えがあるよ」



すぱんっ、と勢いよく戸を開けて登場したのはい組の二人、尾浜勘右衛門 と久々知兵助だった。食堂の皿洗い当番をしていた二人だが、どうやら無 事終わらせてきたようだ。良い考えがあると言ったのは勘右衛門の方で、 にこにこと人の好さそうな顔をしている。こういう表情のときの勘右衛門 が、ろくでもない悪巧みを企んでいることを長年の付き合いから兵助は知 っていたが、口を挟むようなことはしなかった。だってその方が面白そう じゃん。



「三郎は脱がされて見破られるのが嫌なんでしょ?だったらその前に先手 を打てばいい」
「先手?」
「簡単さ!目には目を、歯には歯を。袴を脱がされるなら逆に相手の袴を 脱がせばいいんだよ」
「おい、それは……」



さすがの三郎にも無理のある悪戯だろ、と八左ヱ門が言う前に三郎が声高 らかに叫んだ。



「それだぁぁあ!」
「それだー!って、三郎マジでやる気?」
「ああ、もちろんだ!なぜ今まで気が付かなかったんだ。こんなにも素晴 らしい方法があったじゃないか!ありがとう、勘右衛門。お前のおかげだ 。さすがは学級委員長だな!脱がされる前に脱がす。ふふふ、こんな基本 を忘れているとは、私もまだまだだ。が、しかし!私はやるぞ、やってみ せる!雷蔵、見ていてくれ。私はきっとやり遂げて、先輩をぎゃふんと言わせてやる!」



闘志を燃やす三郎を見ながら、なにかを諦めたように、あるいは楽しそう に、そしてあるいは興味なさ気に友人たちは頑張れよ、と応援した。残念 ながら、この中に三郎を止める者はいなかった。













簡単なことだよ、と悪魔が囁いた