は逃げていた。



「ぎゃぁああっ!誰か、誰かおらぬのか!まろを助けぬか!くせ者が出お ったぞ!っ、マジでヤバいんですけどこの状況!くんピンチ!大ピ ンチッ!誰かぁあ!ヘルプミー!てかなんで俺三郎に追い掛けられてんの !?誰か教えてくれー!さ、三郎!あれか?茶菓子の饅頭のあんこをくり 抜いたことか?それともあれか?お前の褌にこっそりひよこのアップリケ したことか!?俺が悪かった。俺が悪かったんだ!な?だからとりあえず 落ち着いて話そう、なっ?」



テンパりながら必死に逃げるを、鉢屋三郎は楽しそうに追い掛ける 。その顔はまるで獲物を追い詰める獣のようだった、と後に彼の同級生は そう語った。なぜが三郎に追い掛けられているのか、話は数分前に 遡る。そのときは周囲の足ウォッチングをしながら、ぶらぶらと当 てもなく歩いていた。ようするに暇だったらしい。そこへ現れたのが三郎 だ。彼はまずにこっそりと近付いていくと、素早い動作で「せっん ぱーい!御御足拝見いたしますよっ!」と叫び、の袴へ手をかけた 。しかし本能とも呼べる鋭さでそれを察知したは、直ぐさまその手 から逃れ出た。奇妙に手を出した恰好のまま固まる三郎と、これまた両手 で袴を押さえるの間に乾いた風が吹き抜けた。一瞬の沈黙。



「さ、三郎……?」
「なんですか?先輩」
「や、あの……え?なんだ?さっきのあれは。ん、んん?えーと、反抗期?」
「まさかぁ!私が先輩に対して反抗だなんて、とてもとても」
「だよな!」
「ええ、もちろん。ただの……仕返しです、よ!」



そうして鬼ごっこが始まり、話は冒頭へと戻る。逃げるは6年生、 追う三郎は5年生で一見すれば上級生であるの方が有利に見えるこ の鬼ごっこだが、実はそうでない。普段の変態っぷりからは予想できない が、は頭脳派である。実技よりも座学を得意としており、その成績 は立花仙蔵とトップの座を争うほどだという。つまりは参謀タイプ。対す る三郎といえば、言わずと知れた天才肌。どんなことでもそつなくこなす オールラウンダータイプだ。2人のタイプを見れば、どちらが勝つかなん て誰が見ても明らかなわけで。結果は早々についた。



「捕まえましたよ、先輩」
「くっそ……も、何なんだよ、おま、三郎のばかー!早くどけーっ!」



現在の状況、三郎がの上で馬乗りになっている。傍から見れば誤解 されそうな体勢の2人であるが、普段の2人を知っている者たちは苦笑す るか面白そうな顔をして去っていくだけだ。日頃の行いが知れる。加えて ここは6年長屋と5年長屋の間。下級生が通ればまた違ったかもしれない が、その可能性は低い。状況は、にとって圧倒的に不利だった。



「さぁ先輩、覚悟して下さいね」
「ちょ、待った待った!三郎!話せばわかる、話せばわかる!まずは話し合いだろ?なっ?」



焦るに構いもせず、三郎はその腰紐に手をかけた。……このままい くといやーんな展開になりそうだが、そうはならないので。あしからず。



「さぁ先輩、御御足拝見いたしますよー」
「うひっ、マジで?ちょ、ダメだって三郎!やめ、やめろよ!うあ、もっ、やめ……!」



の抵抗も虚しく、三郎はあっさりとその袴を下ろした。めったに他 人の目に晒されたことのない足が、三郎の前現れる。いつの間にか周囲に 人気はなくなり、こんな状況を打破する手段がなに一つないは―――泣いた。



「さ、さぶろのばかぁ!ひっく、やめ、やめろって、いった、ひっく、の に!も、やだぁ……さぶろなんてっ、だいきらいだぁ!」



うわぁあああん!と脱がされたショックからか幼児返りした上にマジ泣きす る15歳。三郎はに馬乗りになったまま、それを呆然と眺めていた 。自分よりも年上の男のあまりの様子に、さすがにドン引きしたのかとも 思われた。がしかし、三郎はを見てまったく別のことを考えていた。


先輩が泣いた……なんか、可愛く見える……!)


この男もたいがいである。













落ちたのは誰?