は挙動不審だった。



、何をしている」
「ひっ、え、あ……なんだ、文次郎か」



ほっとは胸を撫で下ろす。潮江文次郎がたいした用もないのに話し 掛けたのは、のその様子にあった。彼は敵地にいるわけでもないの に影に隠れて周囲の様子を窺い、そして青紫の制服を見るたびにびくりと 肩を震わせている。どう見ても不審者だ。明らかにおかしいだろう、と文 次郎は思わず声を掛けた。が、すぐ後悔することとなる。



「もーんじろぉ、聞いてくれよー!」
「な、なんだっ!?」
「なんでか知らないけど俺、三郎に追い回されてるんだよ!俺なんにも 悪いことしてないっていうのにさ、あいつやたらに追い回すんだ!それ だけならまだしも、三郎の奴は袴脱がそうとしてくるんだぜ?もう1回 脱がされたし!俺お嫁にいけないカラダにされちゃった!三郎に汚され た!も、なんなの?意味わかんねぇし!」



足にかじりついて泣きわめく。鼻水をつけるんじゃない、バカタレ 。頭を小突いて抗議するも、えぐえぐと泣き言を喚くには通じない 。後輩に追い回されて泣くだなんて情けない、と文次郎は思ったが、相手 はあの厄介な変装の天才である。実技よりも座学が得意なではしょ うがない、と思い直した。



「お前、鉢屋に何かしたんじゃないのか?袴脱がすとか」
「足を拝むのはしょっちゅうやってるし、別に三郎に限ったことじゃない ぞ。俺は差別なんかしないからな!足はどんな足だって好きだ!生足を見 るのだって、あいつが3年になった頃からだからいまさらだし、触るのだ ってそうだろ?でも舐めたことはないし……全然わかんねぇ」
「……お前、よく今まで刺されなかったな」



今言った行動を本当に全員にしてきたというならば、なにか仕返しされて もおかしくないのに。むしろ今のいままで誰にもやり返されなかったのが 不思議なくらいである。学園の生徒というのはそれほどまでに懐が広いの か。それともの人柄がそうさせるのか。真相がどうだか文次郎には わからなかったが、それでもただ一つ、に言えることがあった。



「因果応報」
「え」
「自業自得」
「ちょ」
「天罰覿面」
「ひどい!文次郎は俺のことをそうまでして虐めたいのか!あんまりだ! この人でなし!鬼!悪魔!ギンギン隈野郎!ふくらはぎから足首にかけて のラインが1番好きだ!脱いでくれ!」
「途中からただの願望になってるぞ」
「気にするな!」



はあぁ、と大きくため息をつく。まったくもってこの男は手に負えない。 6年付き合ってきたが、この趣味だけは理解し難いものだ。誰か別の人間 に押し付けられないものだろうか、と周囲をキョロキョロと見渡したとこ ろで適任の人物を見つけた。



「伊作!」
「文次郎に……は、どうして泣いてるんだい?」
「あとは頼んだぞ、伊作」



疑問には一切答えず、文次郎は善法寺伊作にすべてを投げ出した。いい迷 惑だ。彼が不運委員長と呼ばれる由縁はここにあるのかもしれない。文次 郎が逃げ出すと、は伊作の足にしがみついた。伊作がたいして気に していないところをみると、これが日常的なことなのだと窺える。慣れっ て怖い。、いったいどうしたの?と伊作が声をかけるが、は それに答えることなくピシリ、と身体を硬直させたのちに伊作の足から素 早く離れ、そのまま後ずさった。



?どうかした?」
「おおおお前!伊作じゃないな!?」
「え、ちょっと待ってよ。僕は僕だっていうのに、なんの嫌がらせさ」
「うるさい!伊作の膝の皿はもっと滑らかだ!筋肉の付き方だって違うっ !足首だってもっと細い!」
「………」
「その筋肉の付き方……お前三郎だなっ!?」
「……バレちゃあ仕方ないですね。先輩、おとなしく足を」
「そんなのごめんだバカヤロォォオオ!」



鉢屋三郎の最後まで聞くことなく、ドップラー効果で音を響かせながらあ っという間に走り去った。あとには伊作の皮を被った三郎がひとり 、チェシャ猫のような笑顔を張り付けてその様子を見送っていた。どこか 余裕のあるその姿。が捕まる日は、近いのかもしれない。













ばらまかれた伏線