尾浜勘右衞門は笑いながら怒るタイプの人間だった。



「俺がなんで怒ってるのか、わかってるよね?鉢屋」



笑いながら怒る人間というのは、普段は温厚なことが多い。沸点が高いた め、滅多なことでは感情を荒げないのだ。ではなぜ勘右衞門が怒っている のか。理由は同じ委員会に所属する変装名人、鉢屋三郎にあった。



「だいたいね、お前は先輩をからかいすぎだ。まるで好きな子をい じめる小学生男子じゃないか。しかも低学年。俺たちはもう14だぞ?そ の辺りわかってる?だというのに先輩を追い回したりして……見ろ!学級 委員長委員会の仕事が溜まってるじゃないか!」



しかし怒っているポイントが先輩をいじめるからではなく自分の仕事が増 えると言っている辺り、こいつもイイ性格をしている。さすがは の後輩である。そんな勘右衞門の言葉はいささか自分本位ではある が、おおむね正しいため三郎もうっと言葉を詰まらせた。口先の達者な彼 にとってそれは珍しいことで、つまりは三郎も自分の行動を自覚している と言っているようなものだった。そんな反応に勘右衞門はおや、と器用に 片眉だけを動かしてみせた。てっきり自覚していないものとばかり思って いたのに、どうやらとうに自分の気持ちに気付いていたらしい。



「だが勘右衞門、袴を脱がせばいいと言ったのはお前の方じゃないか」
「言ったさ?だけどね鉢屋、ものには限度というものがあるんだよ。お前 のは明らかにやり過ぎ。先輩が泣いてしまわれたじゃないか。好き な子を泣かせるなんて最低な」



勘右衞門の辛辣な言葉にガーンとショックを受けた三郎。なぜか背後がど んより暗くなった気がする。落ち込むと自動的に暗雲がたちこめるのがろ 組クオリティ。だが勘右衞門の言う通り、確かにやり過ぎた感は否めない 。三郎は執拗なまでにを追い回し袴を脱がせようとした。ある意味イジメだ。いじめ、かっこわるい。



「じゃあ私はどうすればいいんだ……」
「結局さ、鉢屋は何がしたいの?先輩の足が見たいの?からかいた いだけ?追い回したいの?かまってほしいの?それとも、」



自分に目を向けてほしいの?勘右衞門の問い掛けに三郎は黙り込んだ。普 段はあれほど饒舌な奴だというのに……と、出かけた嘆息を飲み込んで、 勘右衞門はこの友人と先輩について考えた。三郎はが好きだ。言葉 にしていないだけで自覚はきちんとしている。でははどうだ? は三郎をそういう意味で好いているのだろうか。そもそも彼の先輩 は足以外に興味があるのか?勘右衞門はふと思った。そういえば、 先輩には今まで一度たりとも浮いた話がなかったなぁ。忍たまはもちろん 、塀を隔てた先にはくのたまがいるというのにと誰それがどうの、 という噂さえ聞いたことがない。あの八左ヱ門にだってそういう噂はあっ たというのに、だ。は足フェチということさえ除けば、頭はいいし 綺麗な顔立ちだし、性格だって悪くない。足フェチがそこまでネックなの だろうか?いや、あのドSな立花先輩だってモテるんだからさほど障害じ ゃないだろう。それなのにその手の話がないということは、



先輩は足以外に興味がない……?」
「何か言ったか?」
「ん、ああ、独り言」



もしこの予測が当たっていたならば、変装名人はその恋に破れることにな るだろう。ではどうすればいいか。勘右衞門は級友のために学年屈指の頭 を3割ほど使い、しばらく考えてみた。目の前にいる三郎などは完全無視 で黙考し、そろそろ三郎が痺れを切らすかというところで口を開いた。



「この前言った目には目を作戦は中止だ。あれも正面から正々堂々と行う なかなか良いものだったけど、今度はもっと正攻法でいくべきだ。古今東 西恋人たちというのは七割くらいこの方法で結ばれていったはずだ。だか ら鉢屋もそうやって先輩にアタックするべきだね。文字通り」
「つまりどうしろというのだ?」
「つまり、当たって砕けろってことだよ。玉砕玉砕」



この男、どうやら考えるのが面倒くさくなったようである。













相談事は投げやりに