鉢屋三郎は酷く落ち込んでいた。



「ああ、もう私はダメだ……死にたい。死ぬしかない……」



彼の落ち込みの原因は、先の実習にあった。普通の彼らしからぬ失敗をし、足に怪我を負った のだ。しかしながら別段命に関わるような傷でも、この先の生活に障るような傷でもない。竹 谷八左ヱ門に負ぶわれてはいるものの、そこまで重傷ではないのだ。ただの擦過傷。痕が残る かもしれないが、特に問題はないというのが医者の弁だ。ならば女でもあるまいに、気にする 必要はない。だがしかし三郎には気にする理由があるので、女々しくも嘆いているのだ。



「なぜあそこであんなミスを……」
「いい加減気にするのやめろよー。人の背中で落ち込むなって」
「落ち込むに決まっているだろう!こんな、この傷のせいで先輩に嫌われる!」
「最近は姿見せる度に逃げられてるじゃん。今更でしょ?三郎」



隣を歩く不破雷蔵の悪気のある一言が三郎の胸に突き刺さった。クリーンヒットだ!たちまち 陰を背負いながら暗くなる。そんな雷蔵を八左ヱ門がまあまあと宥め、でもさぁーと言葉を続ける。



先輩なら足の傷くらい気にしないんじゃね?それもイイ!って逆に喜びそうだけど」
「甘いぞ八左ヱ門!この間七松先輩が足を怪我した時、先輩は七松先輩はどつきまわしてた!」
「あの、七松先輩をか……」



いけいけどんどーん!という効果音と共に現れる暴風のような先輩を思い出す。あの先輩を御 せるのは中在家先輩だけかと思っていたが……。、侮り難し。ちなみに怪我とい うのは女装ですね毛を剃り落とす際に失敗したことでできたもので、彼は足を適当に扱ったこ とに対して怒ったというわけだ。がしかし、そんな事情を知らぬ八左ヱ門は思わず身震いをし た。脳裏にはかの髪結いが浮かぶ。フェチって怖い。



「ああ、恐ろしい!きっと先輩はこの足を見たら、”足に、怪我だと?信じられない! ふざけるな!お前は人間失格だ!二度と俺の前にその足を見せるな!”と言うに違いない……!」



わざわざお得意の変装までしてそう言い切る三郎。この男、意外と余裕かもしれない。雷蔵と 八左ヱ門は肩をすくめ、足を進めた。級友たちはすでに学園へと着いているだろう。恐らく一 番最後の到着となるだろうが、途中で会った級友に三郎が怪我をしたことを伝えてあるからなんら問題もない。



「あ、三郎お得意の変装術でその傷を隠してみたらどうだ?」
先輩だぞ?見破られるに決まってる……!」
「じゃあ先輩から逃げてみれば?三郎は最近先輩から避けられてるし、三郎も避ければ足を見られなくて済むよ?」
「だ、駄目だ!」
「なんで?」
「先輩に嫌われるのも御免だが、会えないなんてもっと無理だ!」



顔を青くして言い切る三郎に、二人は生暖かい視線を向ける。



「めんどくさいなー、もう。さっさと告白しちゃいなよ」
「だがしかし断られたら……!」
「その時はその時。また考えればいいじゃない」
「だよな。どっちにしろ、今のままじゃ進展はしないし」



普段の迷い癖など微塵も見せずにあっけらかんと言い放つ雷蔵と同意する八左ヱ門。あまりに も軽く言う二人に先程まで煩悶していた三郎もなんとなく「大丈夫かもしれない」などという 気が湧いていた。これを人は気の迷いと言う。



「………帰ったら、先輩に告白を、する」



八左ヱ門の背中で三郎はそう決意し、二人はそれぞれになげやりにエール送る。彼らはまだ知 らなかった。先に帰った級友の伝言を、へっぽこ事務員小松田秀作が曲解して保健委員に話していたことを……。













そして転がる