山へ、山菜を採りに行っていた。

俺ももう8歳だったし、畑があるとはいえ十分に作物が採れるわけじゃない。
せっかく家の裏手が山なのだから、今晩のおかずに山菜採りをしてきて、と頼まれた。
今更そこらを駆け回って遊ぶほどの歳(精神年齢が、ね)でもないので喜んで引き受けた。
しかしながら実は山菜採りはこれが初めてで、食べられる種類の特徴を聞いてきたものの不安もあったりする。
母さんから聞いた内容を頭の中で反芻しながらふらふらとさ迷う。



「あ、あれ食えるよな?すげーいっぱいある」
「これスーパーで見たやつだ。野性のはこんなのなんだなー」
「うわ、なんだあのキノコ!マリオのみてぇだ」



なんて独り言をぶつぶつと呟きながらずんずん山の奥へ奥へと進んでいく。
意外と多く生えていたから、調子に乗って採ってしまった。
気が付けば背負っていた籠がいっぱいだ。
そんなことになるまで夢中になっていたとは、自分でもびっくり。
その8歳の身体には些か重くなったそれに少々後悔しながら帰ろうと山を下っていた。

今日の晩飯はなにかなー?
山菜ご飯とか食べたい。
母さん待ってるよな、早く帰らねぇと。

けれど、その光景を見た瞬間、俺の頭は真っ白になった。


―――村が、燃えていた。


横たわるは数時間前まで動いていた、そして今は動かぬ死体。
山へ行く前に笑って手を振っていたおじさんも、洗濯物を抱えていたおばさんも、まとわりついて来たチビたちも、殺されて物言わぬ骸となっていた。


なん、だ。これは………。
ああ、そういえば近々戦が起こるかもしれないって、昨日父さんが話してたっけ。


目の前の現実が受け入れなくて、痺れたような頭で思い出す。
それを聞いた母さんが不安そうにして、て……



「―――ッ父さん!母さん!」



気がつけば、未だ炎が燃え盛る中走り出していた。
この時代、この世での両親。大切な両親。現代とは違う、もう1人の父と母。

はやく、はやくはやく!

家は、焼かれていなかった。
村の端の方にあったことが幸いしたのだろう。火の手が回っていなかった。
呼吸を落ち着かせ、はやる気持ちを抑えながら家へ入る。



「父さん、母さん……」


もしかしたら……という希望は、最悪の形で裏切られた。
すでにこと切れた後だったのだ。
きっと抵抗することもできなかったのだろう。
瞳は驚愕に見開かれたまま、無残に身体を切りつけられている。
その開かれていた瞳を手でそっと押さえ、閉ざす。



「ふ……くっ」



鳴咽が漏れる。
涙が溢れて止まらない。

初めて経験する、人の死。親の死。家族の死。

ぽっかりと心に穴が開いたような喪失感。
悲しい?虚しい?辛い?わからない。
ただただ涙だけが溢れ出てくる。

どうにかしたいけど、どうにもできなくて。

失ったものを取り戻したい。
時間が巻き戻ればいいのに。
過去に戻りたい。

ほんの数時間前の、幸せだったあの空間に。
父さんと、母さんと、みんながいた、あの時に。

―――みんな?

その単語に、ふと顔を上げる。もしかして、もしかしたら。
ただの自分の身勝手な希望的観測だ。
それでも、可能性がないわけじゃない。

よろよろと立ち上がる。

まだ、俺のような生き残りがもしかしたらいるかもしれない。
かすかな希望を胸に、俺は再び走り出した。



「だれか、だれかいないのか!」



叫ぶ。
耳を澄ましても聞こえてくるのは炎のパチパチと爆ぜる音だけだった。


(だめ、か……。だよな、やっぱりそんな都合よくは)


はは、と思わず乾いた笑いを浮かべる。
わかっていたことじゃないか。こんな、こんな結末くらい………

一瞬の沈黙。

―――声が、聞こえなかったか?
炎の爆ぜる音以外の音が聞こえなかったか?
誰かの、泣き叫ぶ声が……。



「―――ッ、」



やっぱり、聞こえる!
空耳なんかじゃない、微かだけどはっきりと聞こえる。生き残りがいるんだ!

走る。走る。走る。

足を縺れさせて何度も転びそうになったけど、飛んでくる火の粉で顔や腕が焼かれるけれど、それでも走る。



「どこだ!?どこに、いる!返事してくれッ」



走って、叫んで、走って、また叫んで。
そうしていくうちに微かにしか聞こえなかった声が徐々にだが大きく、はっきりとしたものに変わっていく。



「ここか!」



村の中心、燃え上がるのは一際大きな家。この家には村の長老であるじーさん、とその娘夫婦が住んでいる。
その中からだ、声が聞こえるのは。
あかい、火。
離れているはずなのに、肌が焼けるように熱い。
布団が燃え、箪笥が燃え、家が燃え、人が、燃えている。
その煙りで涙がにじむ。息苦しい。
今すぐにでもこの場を離れたい。だけど、



「かぁちゃん、とぉ、ちゃん!あついッあついよぉ!」
「行くしかねぇだろ……!」



昔、この世に生まれる前世の時に本で読んだ。
火事の真っ只中に飛び込む時に、怖いのは火による火傷じゃない。危険なのは、煙りを吸い過ぎたことによる一酸化炭素中毒。
火事での死亡原因は焼死よりも有害物質による煙りが一番の要因だという。
だから、勢いで火事現場に飛び込んじゃいけない。そんなことをしたら、俺までお陀仏だ。

外に干してあった、まだ焼けていない洗濯物の着物を破りマスク代わりに。
井戸から水を汲み上げ、頭から被る。
落ち着け、俺。

深く息を吐く。

大丈夫さ、ぜってーいける。
死なせてたまるかよ、生き残りが俺だけだなんて真っ平ごめんだ。
俺、一人で生きていけるほど強かねぇぞ。
だから、ぜってー助ける。大丈夫。焦るなよ、俺!



「1番、!いっきまーすッ!」



大きく息を吸い込んで、飛び込む。
熱い。外にいたときとは比べものにならない熱さだ。
煙りがもうもうと立ち込める中、人影を探して視線をさ迷わせる。
ここにいる可能性のある人間は、じーさんと、お藤さん、万作さんそれに、息子の―――きり丸。



「ッごほ、きり丸!きり丸いるのか!?」
「に、にいちゃん……?」
「おう俺だ!いるんだな!?今からそっちに行くから、動くんじゃねぇぞッ」



そうして俺はさらなる炎の中へと突っ込んでいった。













うさばらしチキンゲーム