二度目に目が覚めたのは、太陽が小屋の真上に昇った頃だった。
小屋の中に侵入して来た気配に身体が反応したのだ。


(追っ手か……?)


だとしたらかなりまずい。
どうやって私の居場所を知ったのかは知らないが、身体を動かせない今、どうすることも出来ない。
逃げることすら、かなわない。


(もはや、これまでか―――)


小屋の中へと侵入者が足を踏み入れた。
低い背丈。
手には凶器。

どうやら悪い方の予想が当たったようだ。
しかし、その顔は逆光により影となって見ることが出来ない。

だが、私のこの滑稽な姿を見てさぞや愉悦で顔を歪ませていることだろう。
そして、いくらか私を利用した後に殺すのだ。
そんなことは想像に固くない。
容易に頭に浮かんでくる。

一歩一歩、確実に近づいてくる侵入者。
やがて、口を開く。



「ん?目ぇ覚めたみたいだな、オニーサン」



…………子ども?



「どっか痛いとこあるか?ああ、やっぱいいや。痛くなくても治療するし」



じゃねぇとせっかく採って来た薬草が無駄になっちまう。
ぶつぶつ独り言を言いながら背にしょった籠を、よっこらせと地面に下ろす。
そこからいくらかの野草を取り出し、先程手に持っていた草取り鎌の柄の部分とすり鉢を使ってゴリゴリと手を動かした。

………薬草を煎じるのにそんな物でやらないでくれと突っ込むべきなんだろうか。
先程までの動揺はどこへいってしまったのか。
そんなことを考えるほどに緊張感の抜け切ってしまっている自分がいた。

そうなってくると周りを観察する余裕すら出てくる。
横たわる私の近くで薬を作っている子供。
おそらく10歳には満たないだろう。

私を助けた人間の子供かなにかだろうか。
しかし、保護者がいるにしては痩せぎすだ。
孤児か?
薬草を煎じる手は、慣れたものだ。



「私を、助けたのは君か?」



掠れた音しか出なかった。
ゴリゴリと擦る音で聞こえなかったのか、子供はん?と顔を上げて手を止める。
私は咳ばらいをして再び問い掛けた。



「君が、私を助けたのか?」
「んーまあ、一応」
「なぜ、助けた」



見るからに薄汚れていて、一目で怪しいとわかるような人間を。
しかも怪我を負った、助けたところで何の得にもなりそうにない男を。
下手をすれば恩を仇で返すような者もいるというのに。
危険極まりない。
それともただの考えなしの子供か?



「なんでって、言われると困るんだけどさ」



あんた似てんだよ、親友に。と、子供はどこか気まずそうに頬を掻きながら言った。
それはまるで、母親に隠し事の言い訳している子供のように見える。
なんだ、普通の子供じゃないか。
なんとなく安心する。
そして私は口を開いた。



「……それだけ、か?」
「それだけって……他になにか必要か?」



きょとん、とした様子で首を傾げた。
この子供は、自分がどれだけ危険な真似をしたのかわかっていないのか。
溜め息を尽きたくなった。

どれだけ私がその親友とやらに似ているのかは知らないが、それだけの理由でこんなことをするだなんて馬鹿げている。
普通の農民や商人ならまだしも、こんな怪しい人間を助けるなんて。
親は一体何をしていたのか。
赤の他人である私までもが心配になってくる。
こんなお人好しでこの先無事に生きていけるのだろうか、この子供は。

そんな私の心情など露と知らずに子供は続ける。



「べつに、誰でも助けてるわけじゃねえよ。んなことしてたらキリねぇし」
「ただ、さ。あんた、あんまりにもあいつに似てたから」
「あんたの、その………髪の毛が」
「って髪の毛か!」
「おお、ナイス突っ込み」



私は、この子供にからかわれているのだろうか。ただ寝ているだけのはずなのに、どっと疲れが出てきた。
なんなんだこの疲労感。



「なんつーか、このわふわふ感?すげーそっくり」
「そんな理由で助けられたのか……」



思わずがっくりとうなだれる。
かなりの脱力感だ。
そんな私をお構いなしに子供は言葉を続ける。



「ん、後は打算。あんた良い人に見えたから。これでも人を見る眼はあんだぜ?たぶん」
「………そうか。何はともあれ助かった。感謝する」
「どういたしまして。それよりももう寝ろよ。まだ疲れてんだろ?」
「ああ……ありがとう」
「気にすんな」



* * *



目覚めたとき辺りは既に暗く、月の光だけがほの暗く輝いていた。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなったが直ぐに思い出した。
月の位置からして、丑の刻を過ぎたあたりだろう。
結構な時間を睡眠に費やしていたようだ。

痛む傷に堪えながら身体を起こすと、直ぐ近くに水の入った桶と握り飯、そして葉が一枚。
少々歪んではいるが、葉にはただ一言のみ刻まれていた。

「好きにしろ」

あまりの簡潔さに思わず忍び笑いを漏らす。
なんとも子供らしくない子供だ。
こんな人間を助け、手当てし、世話をしたというのに後は勝手にしろなどと。
つくづくおかしな子供だ。

―――ああ、そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。
明日になればきっとまた、子供はここに来るだろう。


(そうしたら、名前を聞こう)


聞いたら、私も名乗ろう。それから、この傷が癒えるまでここに置いてもらうことにしよう。
あの子供はお人好しそうだから、きっと大丈夫だ。

ふふ……久々に、楽しくなりそうだ。













ディスペアーから抜け出せ!