「お、。お前暇か?暇だよな」
「は?」
「明日の座学で使う資料を図書室まで取りに行ってくれ。これな」



ようやく学園生活にも慣れはじめてきた五月のある日。
俺は昼休みに何をして過ごそうか、と考えながらぶらぶらしていた。

そうしたら唐突に呼び止められ、勝手に暇人だと決められ、これまた勝手に資料探しを頼まれた。
有無も言わせぬ鮮やかな手際だ。

……どういうことだよ、おい。
文句を言おうにも、教師はすでにどこかに消えてしまっていた。
ああくそ、面倒くせぇな。


(……まあいいか。実際暇だったんだし)


うん、とひとり頷く。
バイトの予定も入ってなかったし、一応学級委員長なわけだし。

―――結局、こう思ってしまうところがお人好しと言われる由縁なのだろうか。
図書室までの廊下をてくてくと歩きながら思う。
俺だって好きでやってるわけじゃないんだがな、うん。
なんでか頼まれんだよなぁ。委員会だって結局学級委員長だしさ。
どーしたもんかね。



「っと、ここか」



図書室と書かれた札を確認して、年季のかかった木戸に手をかける。
中に入ると墨と紙の独特な匂いが僅かに鼻を掠める。

図書室って入んの初めてだよな、俺。
前じゃどっちかっつーと印刷された紙とインクの臭いだったし、なんか新鮮かも。
いいな、この部屋。静かだし落ち着く。



……どうかしたの」
「あ?」



穏やかな空気に浸っていると横から小さな声が聞こえてきた。
あ、入り口でぼーっと突っ立ってたら邪魔ってことか?
慌てて移動した後、自分に声をかけてきた相手を見た。



「ん?えーと、同じ組の……」
「中在家、長次」
「ああっそうそう!中在家だったな」



中在家長次、聞いたことあるしな。

四月に一通り自己紹介とかをしたはずなんだが、俺は未だに同じ組の連中の名前が覚えられていない。
もともと人の名前を覚えるのが苦手っつーこともあるが、それ以上に接点が少ないことが原因なのだと思う。
なんせ休み時間はほとんどがバイトだ。
町に出たり内職したり、たまに時間が空いたとしても今後のために課題を進めておいたりと、なかなかに忙しい。

今日のようにバイトもなにもない日は本当に珍しいのだ。
学園に入って初めてかもしれねぇな。
そんな貴重な日も先生にパシらされたおかげで自由時間は減っているのだが。

くそう、そう思ったら腹が立ってきたな。
後で駄賃でもせびりに行こっと。



「…………」
「え?悪ィ、聞き取れなかった。もう一度言ってくれ」
「何か、探しているのなら、手伝うよ」



ああ、俺がさっき入り口で立ち止まってたのを勘違いしてんのかな。
どう探したものかと悩んでるって。
でもまあ、どっちにしろ俺は図書室の勝手とかわかんねえし、手伝ってもらおうかな。



「サンキュ、助かるよ。これなんだけどな」
「………」



ぴら、と先程教師に押し付けられた紙を差し出す。
それを無言に受け取った中在家はしばらく眺め、思案した後に棚の間を歩き出した。
俺はその後を雛鳥のようにひょこひょこと着いて行く。

すげぇな、中在家。
委員会に入ってまだ一ヶ月くらいのはずなのに、もう本の位置とか把握してんのかな。
全然迷う様子とかねぇし。



「これと、これ」
「んん、助かったよ。俺だけだと時間かかったろうし」
「気にしないで、図書委員だから」
「うん、でもありがとうな。中在家」



俺のその言葉に中在家はふい、と顔を背けた。
……照れて、るんだよな?耳赤いし。
中在家ってどっかで聞いたことのある名前だと思ってたら、あれだ。組のやつらが話してたのを聞いたんだ。

「無口で、無表情でなに考えてるのかわかんない奴がいる」って。
でも今のこいつの様子見てると、全然そんなことないな。
確かに無口じゃあるけど、喜怒哀楽もちゃんとあるし、なにより良い奴だ。
うん、気に入った。



「なあ、中在家」
「なに……?」
「中在家って長いから、長次って名前で呼んでいいか?俺のことも名前でいいからさ」
「……うん!」



にへら、と笑う。もしかして、友達第一号じゃね?
今まではバイトで忙しかったから、んな暇なかったし。
なんかいいよな、こういうの。やっぱ学園に入ったんだし、友達も作っていかなきゃな。



「これからよろしくな、長次!」
「よろしく、













色華晃々