「って付き合い悪いよなー」
「だよな。せっかく誘ってんのに」
そんなことを言われたところで正直困るんだ。
俺は学費と生活費と、そんでもって仕送りの金も稼がなきゃなんねぇんだからよ。
学園に入学して、自由時間にやっていることといえば、ほぼバイトだ。
朝早く起きて内職、休み時間には学園長からの簡単なお使い。
授業後には、時間があれば町に出てバイト、夜は行灯の油がもったいないから早めに就寝。
そんな働き詰めの生活をこれまで続けてきた。
……ここ1年は実習とかも増えたし、バイトの量は半分近くにまで減ったけど。
まあ別に俺は苦じゃないし、働くことによって利益が上がることは正直嬉しい。
貯金は大分貯まってきたけど、きり丸にだって苦労はあんましさせたくないから、今のうちに稼げるだけ稼いでおきたい。
弥之助におんぶだっこの状態なんてごめんだし。
だからいろんなものに手を出した。
子守、犬の散歩から始まって密書を届けたり、一度だけど山賊退治なんてのもやったりした。
けどまあ、山賊退治だけはもうごめんだ。
もしやらなくちゃいけないようなことがあっても、絶対に一人じゃ行かねぇ。
今だって学園長のお使いだって密書の運搬だけにしてる。
いくらバイト代が高くたって、きっと俺は引き受けない。
あんな思い、二度とごめんだ。
* * *
今から約一年ほど前、4年の夏のことだ。
いつものように俺は、割のいい仕事がないかと学園長の庵を訪ねていた。
4年生は一応上級生の括りにまとめられる。
学年も上がったことだし、少しばかり仕事の難易度を上げてもらおうと思ってた。
だって難易度が上がれば給金も上がるからさ。
「学園長、なにか良い仕事、あります?」
「そうじゃのう……金楽寺にこの書を、」
「じゃなくて、もっと実入りの良い仕事が欲しいんです」
もっと稼ぎたい。
もっと金が欲しい。
金の亡者になったつもりは毛頭ねぇけど、金は欲しい。
来年は実習とか授業とか、もっと難しく忙しくなるだろう。
上級生としての責任も多く出てくる。
きっと、これだけバイトをこなせんのも今年が最後だ。
だったらより多く数を、金を、稼ぐ。
「お主にはちと早いかもしれんが……」
「大丈夫です。どんなものでもこなしてみせます」
「………無理はするでないぞ」
そして言い渡された任務は、近隣の山に出没する山賊退治。
人数はさほど多くなく、それは小規模なもので6、7人程度。
元は足軽かなにかで、戦に負けた後に逃げてそれ以来山賊を続けているという。
山に入った人間を襲い金品を強奪している、以上が調査した結果だ。
忍たま歴4年、生きてきた年月は前も合わせると30以上。
自慢するつもりはないけどさ、俺だって人並みに自尊心つーか自信だって持ってる。
たとえ何年生きてようが、こういう感情は人間誰しもが腰にぶら下げてるもんだと俺は思う。
だから、俺、自惚れてたんだ。
「こンの、クソガキがぁっ!」
「ぐっ……は、」
振り下ろされた根棒を避けそこねて、左腕が熱くなる。
ああ、折れたかもしんねぇな。でも利き手じゃなくてよかった。
高鳴る心臓をどうにか押さえようと、息を整える。
6人、どこか腐臭漂うあばら家の地面に倒れている。
たぶんまだ、死んでねぇ。
気絶しているだけのはずだ、うんたぶん。
学園長には生かして捕らえよって言われたが、正直そんな余裕はねぇ。
相手をするだけで精一杯だ。
今立っている人間は、俺を含めて5人。
6、7人だっつわれてたのに、大誤算だ。
……いや、これは俺の認識不足だ。
情報が必ずしも正しいはずがないというのに、それを鵜呑みにしていた俺の責任。自業自得だ。
「小僧、誰に言われて来た」
「はっ!そんな、こと、言うわきゃねーだろ!」
目の前にいる隻眼の男、どうやらこいつがリーダー格みてぇだな。
こいつらの場合、頭に置く人間はおそらく戦術に長けている者じゃない。
暴力による支配、つまりは一番腕っ節の強い奴だ。
ならば、
「さっさとくたばれやッ」
ブオンッと風を斬りながら、振りかぶってくる手下その1。
動きは単純、そんで遅い!
左手を庇いながら避け、苦無の柄を使い昏倒させる。
力加減なんてしてらんねぇから、当たりどころが悪いと頭蓋骨陥没してるかもしんねぇ。
でも、これで残りは3人だ。
すっと息を吸って、吐いて。
荒くなった呼吸を整える。
こいつらからすりゃ、これまでに仲間の半分以上をやられてんだ。
しかも、俺みたいなガキに。
初めの2、3人は油断してたところを利用した。
次の奴らは己の腕を過信していた部分を。
でも、残ったこいつらはそうもいかない。油断も、過信もしていない。
こっからは本当に実力勝負だ。
「な、なぁ提案があるんだが」
気合いを入れ直したところだってのに、手下その2が下卑た笑いを浮かべて話しかけてきた。
「どうだい?お前さん、オレ達の仲間になんねぇか?もちろんお前が頭でいい。
盗ってきたもんの半分はお前さんのもんだ。悪い話じゃねぇはずだろ、どうだ?」
早口でそうまくし立てる手下その2。
……すごく、見くびられているようだ。
正直、ばっかじゃねえの?って言ってやりたいほど。
へらへらと、媚びへつらうような笑み。吐き気がする。
俺ぁこんな提案に乗るような人間に見えたってわけか。
そもそもお前の後ろに立っている頭は無視か。
すぐ近くに頭がいるってんのに俺にこういう話を振るってんのはよっぽどの馬鹿か?
いや、ある意味じゃ勇者かもしんねぇな。
「な、いいだろ?」
「……ああ」
「そ、そうか!」
「一回死んでから、出直してきやがれっ!」
掌底、そして回り込み肘打ち。
抵抗させる間もなく昏倒させる。
よっしゃ後2人!
素早く下がり、残った奴らをねめつける。
「ふん、馬鹿な奴め」
倒れた男を蔑むように見つめるのは、頭の男。
手下その2が発した、俺を誘うような言葉にも動揺せずにずっと冷めた眼で眺めていた。
激情に駆られないところを見ると、俺が思っているよりも頭の回転は速いのかもしれない。
力ではなく知略で支配していたのか?
だけど、何かがおかしい。
仲間が次々にやられ、立っているのはもはや自分の他には一人しかいないというのに、
この落ち着きようはなんだ。
いや、そもそもこいつは始めから動いていない気がする。
何を、企んでいやがる?
背中を嫌な汗が伝う。
「お、お頭ぁ……」
「ん?なんだ、お前まだいたのか」
「なっ……」
「お前もういいよ。死んでくれ」
「ッ!?」
正面、袈裟掛け刀を振り下ろす。
あっという間に血液が飛び出し、土間を汚す。
―――おいおい、今の今まで仲間だった奴だってのに容赦ねぇなあ。
同情する気なんぞさらさらねぇが、転がった男を憐れにも思う。
まあ、俺からしてみりゃ敵が一人減ったわけだからありがてぇんだが。
それにしたって、
「あんた、どういうつもりだ?」
「何がだ」
「仲間殺して、わざわざ何しようってんだよ」
「ふん、知りたいか?」
「まぁな」
「そうか。だが………無理だ」
刹那。
背後から近付く殺気を察知し、振り向こうとした瞬間に斬られた。
声にならない声を上げながら無様に倒れ込む。
熱い。
痛い痛い痛い!あー、くっそ痛ぇなこんちくしょーめが。
出血量が半端ねぇ。
傷口も、深い。
わけわかんねぇ、なんだってんだよ。くそ、痛ぇ。
熱い。
ちらりと視線を動かすと、黒い足があった。
もう一人、しかも忍がいたってことかよ。くそったれ。
なんとか立ち上がろうとするも、手足に力が入らねぇ。
あーやっべ、視界ぼやけてきたかも。
「しぶといな、まだ死んでないのか」
「止めを刺すか?」
「いや、どうせ放っておいても死ぬだろう」
「ま、そうだな」
それだけ言うと、俺に一瞥もくれずに立ち去っていった。
死ぬのかな、俺。
死ぬんだろうなぁ。
だってここまで血ぃ流してたら助からねぇだろ。
死ぬってやっぱ痛ぇな。
意識朦朧としてるよ。くそ。
あー、きり丸……俺が死んでも大丈夫かな?
弥之助が面倒見てくれるとは思うけど、心配だなぁ。
ごめんな、きり丸。
兄ちゃんとうとうやべぇわ。くっそう。
(あーあ、前は二十歳まで生きてたってのに)
意識は、暗転。
神さま、奇跡をください