「ぅあっちーな、ちくしょー……」



すぐ近くの山からミーンミーンと五月蝿い程に蝉の大合唱が聞こえる。
うわん、と響くそれは、まるでシンバルでも鳴らしてるかのようだ。

誰だよ、田舎が涼しいなんて言ったやつは。
目茶苦茶暑いじゃねぇか、馬鹿野郎め。
確かに、都会にいた頃に比べりゃ涼しいのかもしんねぇ。
あの頃の身体のまんまでここにくりゃあこの程度の暑さ、屁みたいなもんだろう。
でも今は違ぇ。この身体じゃこれが普通だ。
だから今、この時、とてつもなくあちぃ。

長屋の廊下、しかも日陰にベターッと身体を押し付けてみるが、いまいち冷たさが足りん。
すぐに体温が移って、生温いものへと変わっていく。
ごろん、と冷たい床を求めて身体を回転させる。



「っはー、だる」
「………なにをやってるんだ、お前は」
「よお、文次郎。俺は冷たさを求める旅人だ」
「暑さで頭がやられたか」



ちょうど通り掛かったのか、話しかけてきたのは文次郎だった。
適当な返事をしたら、可哀相なものでも見るような目で見られた。

くっそ文次郎め、こいつは化け物か。
上衣まできっちり着やがって。



「お前は暑くないわけ?んなむさ苦しい顔してよー」
「顔は関係ないだろ、顔は。心頭滅却すれば火もまた涼し。ようは気構えの問題だろう」
「んなこと言われたってなぁ……」



暑いもんは暑いっての。誰か温度計持ってこいよ。
ぜってーこれ35度超えてるぜ?
あ、でもまだ息苦しくはないからそれはないか。暑いけど。

こういう時に文明の利器が恋しくなるんだよな。
クーラーとは言わねぇから扇風機!

……留三郎に言ったら作ってくんねぇかな。
あいつ器用だし。



「池に入って来ようかな……」
「止めとけ。お前と同じ考えの奴ですでに一杯だ」
「だよなぁ」



そう呟いて再びごろん、と横に転がる。
あー、微妙に冷たい……気がする。

それを見た文次郎が俺の横に腰を下ろした。
まだ俺とのこの不毛な会話を続けるってことは、お前も暇なんだな。



「甘味処にでも行って涼んできたらどうだ」
「馬鹿言え、んな無駄使いできっかよ」
「冗談だ」



真顔で言うなよ、冗談に聞こえないっての。
そのままぼーっとしていると、蚊が飛んできた。夏だなぁ。

……あ、文次郎に止まった。

血を吸っているようだが、文次郎は気付かない。
この暑さが平気なのといい、蚊に刺されても気付かないこといい、実はこいつ鈍いんじゃねぇか?おもに触覚が。
つか、俺のが露出度高いのにこいつの方に吸い付くとはどういうことだ。
やっぱあれか?汗くさいからか?

ま、折角だ。文次郎を蚊から救い出してやろうじゃねぇか。

バチンッ!



「いっ……てめぇ、いきなり何しやがる!」
「蚊」
「ああ?」



ばっちり手の平で潰れた蚊を文次郎の目の前にずずいっと差し出す。
叩く前に暫く待ったせいか、蚊の吸った血も一緒に付いている。

むむ、意外と多い。



「お前、もうちょっと軽く叩けよ」
「何を言ってんだ。物事には常に全力で取り掛かるんだろ」
「阿呆」
「アテッ」



デコピンをしてきた文次郎に、仕返しとばかりに手の平をなすりつける。
お前には蚊の死骸がお似合いだ!
ついでに血液も返してやる。べとーっ。

再び反撃を喰らわないように、身体を二回転させて場所を移動する。
あー、微妙な冷たさだ。

って、んん?これは、



「おい文次郎、ちょっと来いよ」
「なんだ?」
「ここ、結構涼しいぜ」



ちょうど風の通り道なのか、いい具合に涼しい風が吹き抜けていく。
ふは、汗が引いてくー。
ここならこの暑さもどうにかしのげそうだ。

バイトも仕事も入ってない夕食までの暇な時間。
こんな涼しい場所でやることと言えば一つしかないだろう。



「というわけで文次郎、俺は寝る。晩飯までに起きなかったら起こしてくれ」
「は?っておい、
「おやすみー」



文次郎を無視してそのまま昼寝に突入。
半ば強引に約束を取り付けたが、きっと文次郎は起こしてくれるはず。
なんだかんだ言ってもこいつはいい奴だ。
だから俺は安心して寝れる。
よっし、久々の昼寝だ。



* * *



……起きろ、
「ん、あ?……ちょーじ?」
「もう、夕刻だ」



未だに風が吹き抜けるなか、俺を起こしたのは長次だった。
寝ぼけ眼に西日が眩しい。いつの間にかヒグラシがアブラゼミに成り代わって鳴いている。
うん、よく寝たわ。



「ありがとな、起こしてくれて。文次郎はどうしたよ?あいつに頼んだはずなんだが」
「文次郎は、委員会だ」
「ああ、じゃあしゃーねぇか」



よっこらせ、と反動をつけて起き上がる。
しかしまあ、よく寝たなぁ。
2、3時間ってところか?こんなに寝たら、夜寝れなくなりそうだ。

昼寝というキーワードで思い出す奴がいる。
以前、クラスメートの中にいた奴なんだが、昼2時から寝て起きたのが夜11時。
飯食って風呂入って、午前1時から朝6時まで寝たと言っていた奴がいた。合計14時間の睡眠だ。
俺は昼寝といえば1時間もあれば十分な人間だから、そんなに寝れる奴の気がしれねぇ。
つか、それは既に昼寝じゃなくて立派な睡眠だろうが。

閑話休題。



「長次、飯食いに行こうぜ。腹減った」
「ああ」
「今日のおかずはなんだろなぁ」













哲学の昼下がり