本日は、いろはの3組合同演習だという。
初めての合同授業ということで、なんだかみんな浮足立っている。
特に小平太なんかおおはしゃぎで、始まる前から騒ぎまくっているものだから長次に窘められている。

演習内容は組対抗の札取り合戦。
各組に3枚の札が配られ、それぞれに1、2、3と番号がふられていてそれはそのまま点数となる。
各組で陣地と札を隠す人間を決め、作戦を組み立て札を奪い合う。
札は必ず陣地内にあること、過度な怪我を負わせないこと、というルール以外は基本的自由だ。

まだ1年の始めの授業とあり、武器の使用は限られた数種類のみ。
火器の使用は禁止。
罠を仕掛けるのは許可されている。
行動範囲は裏山の敷地内で、教師たちが採点も兼ねて見張っているらしい。

さて、そんなルールのもとで始まったわけだが、どうにもこの組にはまとまりがねぇ。
あっちでは特攻せんとばかりに飛び出そうとしてる奴がいるし、こっちでは誰が札を持つかで揉めている。
はっきり言って、チームワークは最悪だ。
だけど、ここは学級委員長として、ついでに最年長として上手くまとめて勝たねぇとな。

気合いをいれて立ち上がり、声を張り上げる。



「全員集合!」



辺りが一瞬だけしぃんと静まり、雀のぴちちという鳴き声だけが間抜けに聞こえた。
それぞれがお互いに顔を見合わせ、不思議そうな顔で集まってきた。
よしよし、とりあえず逆らおうとする奴はいないみてぇだな。

小平太だけが未だに飛び出そうだったが、長次が引きずりながら持って来てくれた。



「いいか、作戦立てっからよく聞けよ」



車座に座り、顔を寄せ合いながら説明する。
がりがりと木の棒で地面を削りつつ極力小さな声で話す。



「とりあえず、俺たちの陣地の周りに罠を仕掛ける」
「札はだれが持つの?」
「まあ聞け」



他の組の陣地となりそうな場所には大方の予想はついている。
ある程度開けた場所で、隠れるのに適した所など数箇所しかない。
幸い俺たちが陣地とした場所は、侵入経路が限られている。
仕掛ける罠も少なくて済むだろう。少なくて済む分、質を上げられる。
器用そうな奴を2名ほど選出し、罠を任せる。
さて、重要なのはこっからだ。



「札を持つ人間だが、そんなもんはいねぇ」
「じゃあどうするの?」
「地面に埋める」
「えっ、だって先生は……」
「先生方は隠す人間を選べと言った。人間に隠せとは言ってねぇ」
「そんなへりくつみたいな……」



いいんだよ、と答える。

札を人間が持っていろだなんて一言も言ってねぇのは事実だしな。
要は陣地内から出さなきゃいいんだ。
忍者は裏の裏を読むべし、だろ。なんか違う気もするが。



「い組とは組はぜってぇ誰かが持ってる。それを一枚でも奪えれば俺らの勝ちだ」
「だれがうばいに行くの?」
「そうだな、囮として3、4人残してあとは全員だな」



そう、この作戦の最大の利点は攻撃にある。
他の組は自分たちの組の札を持っている人間を守る為に、どうしても人員を割かなくちゃなんねぇ。
攻撃にまわしてる間に自分たちの札は取られちゃいました、じゃ話になんねぇもんな。

だが俺たちは地面に埋めるという方法だから、守りは楽だ。
敵は人が持っているだろうという思い込みから、人間にしか目を向けない。

もちろんこの作戦にも穴はある。
札は陣地内になくてはいけないのに、俺たちの誰も持っていなくては当然他の場所を疑うだろう。
運が悪けりゃ見つかる可能性だって大だ。
だから陣地内に残る人間は、簡単には倒れない奴がいいだろう。
だが、攻撃力のあるやつが残れば札を奪うのは難しくなる。
重要なのは人材配分だ。
体力があり、尚且つそこそこの攻撃力がある人間。



「ここに残るのは俺と長次と新九朗と梅之介な。あとは全員攻撃にまわれ」



力の強い長次と、罠に長けた新九朗、それとぽっちゃりしていて少々機敏に欠ける梅之介を選出する。
俺が残ったのは、学級委員が札を持つんじゃないか?という先入観を逆手にとっているからだ。
それに、このメンバーだけだとちょっと心配だしな。



「い組は組がいると思われる場所は、こことここ、それとここらへんだ」



地面に描いた地図を指しながらポイントを押さえていく。
ついでに罠が仕掛けられていそうな場所も。



「攻撃は二人一組、もしくは三人一組で行え。絶対に一人で特攻をかけようなんざ思うんじゃねぇぞ。特に小平太!」
「うっ」
「目ぇ泳いでんぞ。飛び出してく気満々だったろ」



やっぱ長次は攻撃にまわした方がよかったか?
……まあ、なんとかなるか。



「よし、敵もそろそろ仕掛けてくる時間だろう。各自油断せず、札を奪取してこい。以上!」



その声に頷き、散り散りに駆けていく。
あ、一人罠に引っ掛かってこけた。
自分たちの罠に掛かってどうすんだよ……。
先行きが不安だなぁ、おい。



* * *



あれから10分もたたないうちに、敵と思われる二人組がやって来た。
どうやら罠は上手くくぐり抜けてきたらしい。
くそ、早速か……と隣で新九朗が悔しそうに舌打ちしている。
仕掛けた罠を怪我なく抜けられたんだもんな、そりゃあ悔しいわ。

この二人がい組かは組かはわかんねぇが、ただ相手を倒すだけなのでそんなことはどうでもいい。
大切なのは、札のありかを知らせないことだけだ。



「札を持っているのはだれだ!」
「んなもん、素直に教えるわけがねぇだろうが。阿呆かお前」
「なんだと!このっ」



挑発とは言えぬほど安い挑発にあっさりと乗ってくる。
いやぁ、若いなー。さすが10歳、馬鹿阿呆と言うだけで簡単に怒ってくれる。

……あれ、今の俺ってもしかしてすげぇおとなげない?
年下いじめて喜んでる大人になってる?
え、ちょ……うわぁ。軽く自己嫌悪だ……。
だめだなー、俺。
見かけはともかく、精神的には大人なんだからちったあ大人の



、前っ!」
「あ?っうお!」



一人で軽く落ち込んでいる間に、二人組の片割れが突っ込んで来ていた。
すぐ目の前には握りこぶしが迫る。
慌ててのけ反り、相手がバランスを崩したところで足払いをかけた。
うわぁ!と叫びながら倒れた相手に、上から押さえ付けて動きを封じる。

っは、危ねぇ危ねぇ。
もう一人の方は……と目をやれば、既に長次がこちらと同じようにのしかかって動きを封じ込めていた。
どうやら相方の動きに注意を向けていたところを長次が狙ったらしい。長次ナイス!



「お前ら、い組とは組どっち?」
「言うわけないじゃん」
「い組か」
「なんで分かった!?」
「適当に言っただけだよ」



いやぁ、あてずっぽうで当たるとは思ってなかったぜ。ラッキー。
縄でぐるぐる巻きにされている二人は、悔しそうにこちらを睨んでいる。
……悪役にでもなった気分だな、これ。



「学級委員」
「なんだ?梅之介」
「これ、罠にかかってたから持って来たよー」



ずるずると梅之介は目を回している二人組を引きずって来た。
すげぇ力だな、首絞まってんじゃねぇか?それ。

新九朗がよっし!とガッツポーズしているのが見えた。
初の犠牲者だもんな。
運ばれて来た二人を先程のい組の横の木に縛り付ける。
……なんだか人身御供のようだな。



* * *



それから2時間ほどが経過した。
けれど最初の相手からいっこうに敵がやって来る様子はなかった。
まあ人数配分を考えればありえないことではないが、少しばかり拍子抜けだ。

あまりにも平和過ぎるものだから、新九朗は罠のクオリティをえげつないものへとグレードアップさせているし、梅之介は昼食の握り飯を暢気に食べている。
長次にいたっては本を読んでいる始末だ。
……お前その本どっから出したよ、なんてツッコミ俺はぜってぇ入れねぇぞ。

あーあ、と俺も地べたにねっころがる。
は組二人は未だ気絶中だし、い組二人は緊張感が抜けたのか揃って舟を漕いでいる。
なんも起きねーなぁ。
俺も内職でも持って来て進めておくべきだったか?時間がもったいねぇし。

演習終了の鐘が鳴るまで後4時間。
何も起きずにこのまま終わってくれりゃ、一番良いんだがなぁ。
ふぁ、と欠伸を漏らして空を見上げた。













未熟なのはお互いさま