ぼくらがようやく敵側の陣地にたどり着いたのは、演習が始まってからずいぶんたってからのことだった。
太陽はすでにかたむき始め、虫の鳴き声がちらほら聞こえていた。
ここまでの道のり、本当に長かったぁ……。
ぼくが斜面を転がり落ちたり、留三郎がウサギを追いかけてどこかへ行ってしまったり、二人して道に迷ったり。
ようやく陣地っぽい所にたどり着いたかと思いきや、これでもかとしかけてあるわなに苦戦して。
おかげで距離的にはたいして離れていないはずの場所に半日もついやすはめになってしまった。
でも、そんなぼくらの前にも敵がいる。
相手は多分、まだ気が付いてない。
敵は全部で3人、ほりょになっているのは同じ組が2人とい組が2人。
どちらもなわでぐるぐる巻きにされて木にくくり付けられている。
3人。
つまり札を持っている子を守る人はいない。
ということは、あの3人のうちだれをねらっても札を持っているんだ!
「本を読んでいる奴は、頭が良さそうだ」
「ちょっと太ってる子は、力が強そうだと思う」
留三郎と顔を見合わせ、うなづき合う。
あの3人の中で、一番弱そうなのはあの木に寄りかかってぼーっとしている子だ。
一番力が弱そうで、あんまり強くない気がする。
だからきっと札持ちをおし付けられたんだ。
そう考えていると、横から留三郎がちょいちょいと突いてきた。
「どうしたの?」
「あいつ、確かろ組の学級委員長だよ」
「がっきゅういいんちょう……」
ってことは頭が良いのかな?あんまりそうは見えないけど……。
こてん、と首をひねって考える。
あ、でもがっきゅういいんちょうっていうことは点数の高い札を持っているかもしれない。
ぼくと同じ答えにたどり着いたのか留三郎があいつに決まりだ、とつぶやいている。
距離は目測にして約6間。
いっせいのーでっ!で立ち上がって、こぶしをにぎりしめ走り出す。
「とりゃぁぁぁっ!」
「やぁぁあっえ、あ、うわぁっ!」
* * * * *
演習が終わるまで残り一刻を切った。
だというのに、あれから今まで結局一人も敵は現れなかった。
最初のうちは警戒してちょっとは緊張感なんてもんがあったが、それもなくなり雰囲気はだらけきっている。
つーか、暇過ぎるんだよなぁ。
敵だけならともかく、味方すら一人も現れねぇとはどういうことだよ。
普通は札奪ったらこっちに戻ってくるだろ?なのに誰も戻ってくる様子がない。
まさかたぁ思うが、全員捕まって誰ひとり札を奪えていない、なんてことはないよな……?
しかしうちの組も奪われていないから、ビリになるってことだけはないと思うが……。
ま、最初の演習だし一番じゃなくてもいいけどな。
さて、と。
周りを見渡せば、ここにはいない新九朗は相変わらず罠作りに精を出し、長次は本が2冊目に突入した。
捕まえた連中は、縛り方を変えて自由に動けるようにしている。
や、ほらだって木にくくり付けたままだと小便とか困るし。
一応逃げ出さないように梅之介が見張っているから問題はないだろう。
そんなわけで日も傾きかけた頃。
このまま何事もなく終わってくれりゃいいんだけどなー、なんて考えていた調度その時だった。
草むらから威勢の良い掛け声と共に、敵が二名突っ込んで来た。
直ぐさま対応しようと梅之介は拳を構え、長次は本を置いて立ち上がった。
俺も敵を見やり待ち構え、緊張させた。
が、そんなことは必要なかった。
左側にいた奴が石かなにかに足を取られ、こけた。
しかも隣の奴を巻き込んでかなり勢いよく。
悲鳴を上げながらごろんごろんと二回転ほどし、切り株に勢いよく頭をぶつけるとそのまま気絶した。
……なんだこいつら。
微妙な沈黙が辺りを支配する。
思わず長次と梅之介と顔を見合わせた。
予想打にしてなかったぜ、こんな展開。
* * *
最後の、敵襲とも言えない敵襲があってから間もなく学園の鐘が響き渡り、演習は無事終了した。
一番最初に集められたところに集合し、結果が言い渡される。
見渡せば、ちらほらと傷だらけだったりボロボロだったりする奴がいる。
俺達みたいに始めと変わらない恰好をしている奴は少なかった。
だからちょっとばかり浮いている。
「全員揃ってるな?それでは結果を言い渡す」
先生のその声にしぃん、と静まり返る。
結局、俺の組が札を奪えたのかどうか知ることは出来なかった。
集合するのに遅れて、攻撃組の奴らに聞けなかったからだ。
目だけで確認してみるが、雰囲気だけじゃいまいち分かりづらい。
アイコンタクトも試みたが、誰も気付きゃしねぇ。
合格発表のときのように、期待と不安で少しばかり胸をどきどきさせながら結果が口に出されるのを待つ。
「い組4点、ろ組10点、は組4点。……優勝はろ組だな」
あっさりとそう告げた教師に、よっしゃ!と小さくガッツポーズ。
俺の周りで歓声と落胆の声が聞こえた。
いくつになっても、勝負事で勝てるのは嬉しい。
しかも6点もの大差をつけて、だ。
悔しそうにこちらを睨み付けてきたい組の奴らを見て、優越感に浸る。
おとなげないと言われても構うものか。
……しかし、今回考えた作戦はあまり意味をなさなかった気がする。
教師の発言を逆手に取って隠す場所を変えたわけだが、結果的にはたいして危ない状況にはならなかった。
襲って来た奴らがこぞってダメダメだったというのもあるが。
まあ、そのおかげで攻撃組が増え、大差をつけることができたのだから結果オーライだな。うん。
「さてお前たち、腹も減ったろう。学園へ帰るぞー」
引率の教師が先導し歩き出した後、先程の奴が気になり振り返った。
後ろの方で同組の奴に支えられながらだが、しっかりと歩いている姿を見て安心する。
俺の視線に気が付いたのか、こちらに向かってへらりと笑いながら手を振ってきたので振り返しておく。
なんだか気の抜ける奴だなぁ……。
さっきの不運っつーかドジっつーか。それも含めて、あいつあんまり忍に向いてないんじゃないか?
いや、まだ一年だし、そう判断を下すのは早いな。
なんにせよ、あいつ―――伊作とは、仲良くなれそうな気がするな。
* * * * *
(わっ、こっち見た!)
留三郎に支えられながら列の後ろの方で歩いていると、くんがふり返った。
ぱちりと目が合ったことがうれしくて、手をふってみる。
そうすればくんも手をふってくれて、ますますうれしくなった。
くん、かっこよかったなぁ……。
ぼくが転んできぜつしている間に演習終わっちゃってたみたいだった。
目が覚めたのはかねが鳴った後のことで、他のみんなは帰る準備をしていた。
となりの留三郎はまだ起きてないみたいで、しばられたままだ。
……ぼくもまだしばられているのだけれど。
きぜつしたこういしょうなのか、まだボーッとする頭で辺りを観察していると、一人がぼくに気が付ついた。
さっきの子だ。
「、は組のほりょが目を覚ましたみたい」
「おー」
草を手に持ちながらこっちに歩いて来た子は、「がっきゅういいんちょう」だった。
くんっている名前だったのかぁ……。
くんはそのままぼくらをしばっているなわを外し、さっき手に持っていた草を手渡してきた。
「これ、なあに?」
「ゲンノショウコ。揉んでから傷口にあてとけ」
傷口……?と首をかしげていると、くんはあきれた様子で指をさした。
その先、つまりはぼくの手と顔にすり傷があるのに気付く。
にじんでいる血が固まりかけてるってことは、さっき転んだときにやっちゃったのかな?
あんまり痛くなかったから気付かなかった……。
言われた通りに手でもんで、傷口にあてる。
ぼくはほけん委員だけど、こんなこと知らなかった。
見ると、くんはい組の奴にも同じように薬草をあげていた。
今まで敵だったのに、こんな風にやさしく出来るなんてすごいなぁ……。
ぼくなら自分のことにせいいっぱいで、こんなこと出来そうにないのに。
くんはすごい!かっこいい!
ぼくもあんな風になりたいなぁ。
本当なら、こういうちりょう行為はほけん委員のぼくがやらなくちゃだめなんだ。
せっかくほけん委員会に入ったんだから、ぼくもあんな風に出来るようにがんばらないと!
一人で気合いを入れて立ち上がると、空から鳥のフンがふって来た。
………なんか、もうくじけそうだ。
空色オーメン