春の穏やかな日。

教室から門の辺りを眺めると、小さな忍たまどもが笑いながら入って来た。
ほんとちびっ子だよなぁ、と目を細める。
俺にもあんな時代があったとは到底思えねぇ……ってやばいやばい、今のは爺臭い発言だった。
爺臭いのは弥之助だけで十分だっての。

でも、俺ももう最上級生なんだよなぁ。
あっという間だったな、ここまでくんのに。



、なに見てんだ?」
「ん、あれ」
「新入生か!今日からだったな!」



小平太の声を聞き流しながら視線をきょろきょろと走らせていると、ようやく見慣れた姿を発見した。
ばっと立ち上がって思いっ切り手を振ると、いきなりの行動に小平太がビビっていた。

まぁそんなのは関係ねぇ、と声を張り上げて叫ぶ。



「おぉーい!きり丸ーっ!」
「あ、にいちゃーん!」



ひとしきり手を振り回した後、ようやくしゃがみ込んで一息。

くっそう、なんで上級生はあっちに行ったらいけねぇんだよ。
新入生を怖がらせたらいかんって、忍になるためにここに来てんだからんなケチくせぇこと言うなっての。
新入生に逃げられると困るからか?
せっかくのきり丸の晴れ舞台だってのに、こんな遠くからしか見えねぇじゃねーか。ちくしょう。



「さっきの、の弟か?」
「まぁな。血は繋がってねぇけど、自慢の弟だ」



ふふん、と思わず得意げな顔になってしまう。

ほんとにきり丸はいい子に育ってくれた。
途中で育児を弥之助に放り出してきた俺にも、兄ちゃん兄ちゃんってすげぇ慕ってくれるし。
入学金ぐらい出すって言ってんのに、自力で稼いでくるくらいしっかり者だし。
家族の贔屓目なしに見たって、立派だ。
俺には勿体ないほど出来た家族だ。
だからって、手放す気はさらさらねぇけど。



「そうかぁ。じゃあ体育委員会に欲しいな!」
「やらんわ」



こいつに付き合わせたら、半日でぶっ倒れちまう。
俺知ってんぞ?去年一年の時友がお前に付き合わされたおかげで、次の日起き上がれなくなるほど体力使い切っちまったって。

けど小平太はその返答が気に入らないらしく、ぶーぶーと文句を言ってきた。
うるせぇ!お前みたいな体力バカに大事な弟任せられるかってんだ!




「長次。なんだ?」
「先生が、呼んでいる」
「ん、了解」



小平太とじゃれていると、図書室にいたはずの長次が声をかけてきた。
教師の居場所を確認して、教室を出る。

新学期で忙しいからって、またなんか頼まれんのか?めんどくせぇな……。
学級委員長だからってこき使い過ぎじゃね?
給料出してもらってもいいくらいだな、これ。

ぶつぶつ言いながら廊下を歩いていると、眼下に新入生の群れを見つける。
見知った後ろ姿が、赤毛とぽっちゃりと一緒に仲良さそうに歩いているのが見えた。
もう友達が出来たのか、と思わず顔が綻ぶ。

とりあえず、人間関係に心配はなさそうだな。
きり丸はなんだかんだ言っても世渡り上手な奴だし。



「なーに笑ってるんです?先輩」
「ああ、三郎か。何の用だ?」
「先輩と同じで、私も先生に呼び出されたんですよ」
「そうか……勘右衛門はどうした?」
「後から来るそうで」



ふーん、と適当な返事をし、連れ立って歩く。

どーでもいいが、こいつ、なにもないのに変装してきて欝陶しい。
いつものことだけど、三郎の方に顔を向ける度に変えてくるんだぜ?顔だけ。
あれか、俺にリアクションを求めてんのか。
今更いちいち突っ込まねーぞ、俺は。

しばらくノーリアクションでいると飽きてきたのか、標準装備である不破の顔に戻った。
うん、やっぱりこれが一番落ち着くな。本人の性格のせいか?
雑談をしているうちに、俺たちを呼び付けた張本人の元へたどり着いた。



「先生、来ましたよ」
「おお!に鉢屋、待ってたぞ。尾浜はどうした?」
「遅れて来るそうです」
「そうか」
「で、俺たちは何をすればいいんです?」
「ああ、教材の運搬だ」



進級したのと、新入生の分と両方だろう。
いくら少人数クラスでついでに3組しかないとはいえ、この人数で運ぶのはさすがにきついな。
何往復すりゃ済むんだか。

隣で三郎が嫌そうな表情を全面に出しながらぼやいている。



「げぇー、まじですか」
「まぁそう嫌がるな。これが終われば食堂のおばちゃん特製桜餅があるぞ」
「本当ですか!」
「ああ。だからよろしく頼むぞ」



っておいおい、現金な奴だな……。
ま、確かにおばちゃんの桜餅が美味いのは認めるが。
今の季節しか食べらんねぇしな。

教師から受けた指示通りに、倉庫から各教室へと運んでいく。
さすがに学級委員長委員会だけではきついと思ったのか、途中で火薬委員会が助っ人にやって来た。
火薬委員会も人数は少ないが、これで多少は楽になるな。

三郎と久々知が談笑しながら運んでいくのを見ながら、忍たまの友の束を持ち上げる。
懐かしいなぁ、これ。
まだ汚れもなく真っ白で、墨の匂いがつんと香る。
一年用、ってことはこの中のどれかをきり丸が使うんだよな。


そうか、あいつも忍になるのか。


改めてそう考えると、苦いものが口の中に広がった。

きり丸が忍になりたいと言い出したとき、俺は反対しなかった。
いや、できなかった。
もちろん、もっと別の職種に就いてほしいとは思っていたんだ。
あいつは器用だから職人にだってなれるし、要領が良いから商人にだってなれる。
生まれながらにして持った身分相応なもの、ともちろん限定はされるが、それでも選択肢は多数あったのだ。

それなのに、あいつは忍になることを選んだ。
命の危険だってある、決して長生きできない職業だ。
だからといって、俺も忍になることを選んだのだから反対は出来ない。
それに、もう一人の保護者である弥之助だって忍だ。

反対なんて、出来るはずもなかった。

それでも俺は、弟であるあいつに長生きしてほしい。
だって家族なのだから。



先輩、それ一年のですよね?」
「教室通り過ぎてますよー」
「え、あ……ああ」



いかん、ぼーっとしてた。
よっと忍たまの友を抱え直し、引き返す。
教室へと入り、隅の方へ積んでおく。よし、次。

何も考えずに運んで積み上げていけば、半刻も経たないうちに全学年が終わった。

―――さて、桜餅でも食いに行くか。

ぐぐっと伸びをして、食堂へと向かうのだった。













儚いのは色だけ