霧雨の降る午後、訪問者は突然やって来た。



「やあ、久しぶり」
「いや誰だよ」



いきなりやって来た男は、にこやかに手を振りながら家へ入って来た。

俺の答えは無視か。
おいこら、不法侵入だぞ。住居侵入罪で訴えんぞ。

まあ家っつーか、雨露が凌げるだけの掘っ建て小屋みたいなもんなんだが。戸も付いてねぇし。
ちなみにきり丸はただいま中で昼寝中だ。寝る子は育つってな。

で、目の前の男だが見るからに怪しげな風体だ。
なんと言っても笑顔が嘘臭い。
なんか軍の参謀みたいなイメージ。ぜってーこいつ、腹黒いぜ。

でも俺、こんな奴に会ったことあったか……?
仕事以外での知り合いなんざ、もうほとんどいなかったはずだが。



「……ああ、あんときの重傷忍者か」



記憶を掘り起こしてようやくわかった。

ちょっと前に血まみれで倒れてたのを見付けて、ほんの少しの間だけ面倒見てやったんだっけ。
いい加減な治療して、放置プレイさながらにほかっておいたんだが……そうか、助かったんだな。



「あの時はお世話になったね」
「別にたいしたことはしてねぇよ。……何か用か?」
「もちろんあるさ。どうして君は戻って来なかったんだい?」



その言葉に、はてと首を傾げる。
戻って来なかった……ってどこにだ?
戻るも何も俺の家はここで、この小屋には毎日戻っているが。
だってきり丸が待ってるし。育児放棄する気もねぇし。



「てっきり戻って来ると思っていたのに、いくら待っても姿を見せないじゃないか。おかげで探し回ってしまったよ」



ようやく合点がいった。

このにーちゃんは、あの時に運び込んだ小屋を俺の住んでる場所だと思い込んでたんだ。
あの時の小屋は、実は誰のものかわからぬ小屋を俺が無断で使ってたんだけど。
だって血まみれの人間をそうそう引きずり回せないし。

でも、いつ小屋の持ち主が戻ってくるかもわかんない状況で居座れるほど俺は図太くないので、このにーちゃんに野草でタダ治療を施した後はトンズラした。
事情を話そうにもこのにーちゃんは寝ちまってたし、夕暮れも近付いていたから早く帰りたかったし。
ようは責任の押し付け。
どうせもう会うこともないだろ、と適当に置いてきたんだが、再び会うこととなるとは。

まさか、そのことについてわざわざ怒りに来たのか!?
よくも置いていきやがって……!みたいな感じで。
やっべ、俺ケンカ強くねぇぞ?こんな体格差で勝てるかってんだ。



「……な、何の用だ?」
「とりあえず自己紹介をしよう。私は蒔田弥之助だ。弥之助と呼んでくれて構わない」
だけど……」



なんだこのにーちゃん、じゃなくて弥之助。
怒っている様子ではないが、まさか自己紹介のためだけにここに来たわけではないだろうに。

つか俺の疑問は華麗にスルーか。
人の話を聞かねぇ人種なのか。何なんだいったい。

戦々恐々としながら再び尋ねると、弥之助はにっこりと笑いながら言った。



「私と一緒に暮らそう」
「は?」
「大丈夫、家はもう用意してある。だっていくらなんでも、こんなあばら屋にずっと住むなんて無理があるからね。今にも崩れ落ちそうだ。
だから町中の長屋を一部屋借りてきた。奥の子、君の弟だろう?あまり大きくはないが、三人が住めるだけの広さは十分にあるから問題はないよ。
今日は雨が降っているからさすがに無理だが、晴れたらすぐに引越をしよう。君だってこんなあばら屋にいつまでもいるつもりはないだろう?」
「いや、まあ……ねぇけど」



立て板に水、ではないがそれと同等の勢いでは話されたものだから、目をぱちくりさせながら弥之助を見つめる。

騙すつもり……は、ねぇよな。たぶん。
俺みたいな餓鬼なんざ騙したところでなんの得にもなりゃしねぇ。
だからといって、俺らにこんな話を持ち掛けるメリットだってねぇ。

悪い奴じゃあ、ないと思う。
少なくとも、第一印象ではそんな感じはしなかった。
でもそれが信用に足る奴と判断できる材料になるかと言われれば、そうでもない。



「にいちゃん……」
「きり丸、起きたのか。悪い、うるさかったろ」
「ううん……そのひと、だれ?」
「私は弥之助。今日から一緒に暮らす者だ」
「おい、まだ了承した覚えはねぇぞ」



しかも今日からって、雨が止むまでこのボロ小屋に居座るつもりか。
おまえの分の食料も食器も布団もねぇぞ。

そのことを伝えると、弥之助はどこからともなく風呂敷包を取り出した。
何が入っているんだ?と覗き込めば、中からは米に干物と野菜、そして椀が二つ。



「用意周到だな、おい」
「まあね。すぐにでも暮らせるように準備してきたんだ」
「そこまでしてか?なんでお前は俺たちと暮らしたいんだよ。得なんてねぇのに」



それこそ、一人で気ままに暮らした方が支出はぐっと少なくなるだろう。
見たところ金には困ってなさそうだ。
それは身なりと体型見りゃわかる。

……まさか、あれか?お稚児趣味ってやつか……?
親もいなさそうな俺らなら誰にバレることもなく思う存分楽しめそうだと?いやまさか……。

思考がだだ漏れだったのか、俺が口を開く前に制すかのように弥之助が言った。



「私は稚児趣味もないし、君たちを売るつもりもない。ただ、そうだな……」



あえて言うなら、面白そうだからだ。

それは酷く楽しそうだった。
でもそれは歪んだ感情じゃなくて、子供がクリスマスの日にはしゃぐような、
これからなにが起こるのかと期待に胸を膨らましているかのような雰囲気だった。

………こいつなら、信用出来るかな?
腰にしがみつくきり丸も興味津々といった様子で見ている。
とりあえず、悪印象は持ってなさそうだ。
もともとあんまり人見知りはしない子だからな。



「きり丸」
「なにー?」
「今日からこいつも一緒に暮らしてもいいか?」
「うん?……いいよ!」



うん、きり丸も賛成ならまあいいだろ。
もう成人してそうだし、働き手が増えるのはいいことだ。
きり丸の遊び相手にもなるしな。

気が合わなかった場合とか、こいつの素性がわからないとか問題はいくつもあるが、そんなもんはこれからどうとでもなる。



「じゃ、決定な。先に言っとくが、俺はこの口調を改める気ねぇぞ。いいか?」
「その程度の口の悪さ、気にするまでもないよ」
「そうか。そんじゃ弥之助、よろしくな」
「よろしくー!」
「ありがとう。これからよろしく頼むよ」



今から数年前の、家族が増えた日だった。













上手な家族のつくりかた