本日は2ヶ月に1度の女装しての諜報実習である。
女装して町へ出掛け、情報を得るのが目的だ。

5年生になってから2回目の諜報実習。
課題としては二人以上の人間から出身地、もしくは家族構成を聞き出して何かしらの物を貢いでもらうこと。
町では至る所で監視役の先生方が潜んでいるのでごまかしは効かない。
ちなみに高価な物を貢いでもらうことが出来れば点数アップ。

今回は内容が内容なだけにみんな力が入っている。
準備段階から、あの簪がいいだの帯留めの色はこれがいいだのいろいろと話していた。
内容だけ聞けば女子校だが、話してるのが男だけなんでむさ苦しいだけだけどな。



、支度は出来たか?」
「あと、ちょっと」



唇からはみ出した紅を拭い取って簪の位置を直し、袂をきゅっと締め直す。

昔は浴衣ぐらいしか着れなかった。
まあそれだって伊織に「着せてー」って頼まれりから覚えたようなもんだったけど。

それと比べると今じゃ進歩したよなぁ。
小袖だろうが着物だろうが、着付けなんて楽勝だ。
女物の方が経験豊富っつーのは微妙なとこだが。

まあそれは置いといて、化粧だってお手のものだ。
この時代じゃいじる箇所なんて限られてるしな。



「うし……終わり、っと」
「……上手く化けるものだな」
「だろ?ま、お仙ちゃんほどじゃあねーけどな」
「ふふん、当然だろう」



化粧中に入って来た仙蔵は、こう言うのもおかしいが見事に女だ。
もともと線が細く、女顔のため女装のよく似合う奴だったが、化粧の腕が上がったからか今じゃ絶世と言っても過言じゃないほどの美女だ。
……中身が仙蔵だって知ってっから間違ってもときめいたりはしねぇけど。



「んで、なんか用か?仙蔵」
「ああ、ちょっと頼みがあるんだが」
「頼み?お前がか?珍しいな」
「なに、少々人手が足りなくてな」
「人手?」



話を聞くと、女装がどう見ても化け物にしか見えない連中の支度を手伝ってほしい、ということだった。
つまりは長次とか文次郎とか梅之介とかな。

なんつーか……あいつらは化粧すんのが下手くそなんだよな。
長次はちょっと時代錯誤のもんが多いし、文次郎は白粉と紅を塗りたくってるだけだ。
梅之介にいたっては、センスが壊滅的に悪い。
他人を見て色を合わせんのは得意なくせに、自分のこととなるとからきし駄目なんだよなぁ、不思議なことに。

で、そんな奴らを指導してやるよう先生に頼まれたらしい。作法委員ってことで。
でも一人じゃ手がまわんないから俺を頼ってきた、と。



「で、俺は誰をやればいいんだ?」
「長次と梅之介を頼む。あの二人は色合いとやり方さえどうにかするだけだからな」



文次郎の奴は一から教え込まないと無理だ、と仙蔵はむくれて言う。
同室の奴があそこまで下手くそなのは気に食わないらしい。
センスはさほど悪くないのにな、あいつも。



「了解。二人は?」
「ろ組の教室だ」
「はいよ」



廊下を進んでいけば、いろんな種類の女に出会う。
もちろん全員女装だが。似合う奴と似合わない奴、お武家様風に町娘風と実に多種多様だ。

俺たちはもう5年になって、ほとんどの奴が成長期を迎えてる。
去年、早い奴は一昨年辺りから体つきがゴツくなっていくから、女装ひとつにも一苦労だ。
俺はどっちかっつーと細身の方だからまだマシだが、長次や梅之介なんかは4年辺りからちとヤバい。
まぁ、化粧でなんとかごまかしてるってとこだな。
今からそのごまかしをしに行くわけだ。



「おーい、梅之介に長次。手伝いに来たぞー」
!よかったー、助かったよ」
「……仙蔵、は?」
「文次郎にかかりっきりだ」



二人はとりあえず化粧は落としたらしい、ただの小袖姿で待っていた。
二人の前に座って、早速取り掛かる。
とは言っても手は出さない。出すのは口だけ。じゃないと意味ねぇし。



「梅之介、小袖の色がそれなんだから紅はもっと薄いのがいいぞ」
「はーい」
「で、長次。今の流行りはこんな感じだ。その流行はもう終わったぞ。700年くらい前に」
「……そうか?」
「そうなの。お前それこの前読んでた歴史書に載ってたやつだろ」
「あの本は……なかなかに、興味深かったぞ」
「時間があったら読むわ」



順調に化粧を施していく様子を見てうむ、と頷く。
二人とも良い感じだな。これならなんとかいけそうだ。

でも実際のところ、一番の問題は姿恰好じゃなくて声なんだよなー。
正直に言えば、見た目だけなら女になりきるのはそう難しいことじゃあない。
重要なのは実際に動いて、話したときに違和感があるかどうかだ。

そろそろ声変わりも終わる俺たちだから、どう頑張っても甲高い声が出せない。
裏声にしてみたところでそれが女声に聞こえるかってーと、それは無理がある。上手い奴は上手いんだけどな。
だから、どうしてもおかしいと思われてしまう。
ま、それをどーにかすんのも実習内容の一つなんだけど。



、どうだ……?」
「良いんじゃね?大丈夫だ」
「僕はどう?」
「思わず振り返るほどの美人だよ」
「お兄さん、ちょいとあたしと遊ばないかい?」
「梅之介……似合わない」



えー、そう?なんてはしゃぎながら使っていた道具を片付けて部屋を出る。
準備万端、これでいつでもいけるな。



* * *



門のところに仙蔵がいた。
どうやらあちらも無事に女装が終わったらしい。
そのまま向かって行けば、仙蔵はすぐこちらに気が付いた。



「仙蔵、文次郎の奴はどうだ?」
「ふふん、今回はかなりの自信作だ」



不適に笑う仙蔵が寄越した視線の先には……おばちゃんがいた。



「え、ちょ……あれが文次郎か!?」
「なかなかのものだろう」
「すげぇな」



確かに「女装」であれば年齢など関係ないか、と感心した。
俺はいつも同じ年頃の娘ばかりに変装していたけど、あれもあれでありかもしれない。
声が多少男寄りでも怪しまれないだろうし、体格だってカバーできる。
さすが作法委員だな、発想が違うわ。
よし、今度から参考にしよう。



「さて、私たちも行きましょうか。私たちが最後らしいの」
「ほんと?じゃあ急がないと!」
「お梅ちゃん、女の子なんだから大股で歩いちゃだめよー?」
「……っく、」
「あ、こら長次てめぇなに笑ってやがる。俺がそんなおかしいってか?あ?」
「ちょっと!女の子が俺だなんて言ってんじゃないよ!」
「文次郎すごーい、本物のおばさんみたいだ!」



そんな風に町までぎゃーぎゃーと騒ぎながら歩いていった。
女三人で姦しいって言うけど、俺たちも十分姦しかっただろうな。
ちなみに実習の結果だけど、二ヶ月分の生活費程度は貢いでもらったとだけ明記しておこう。













美しくなければ意味もない