「おい、次これ洗っとけ」
「はい!」
がちゃん、と新たに積まれたどんぶりの山に気合いを入れ直す。
くっそ、やっぱスポンジと洗剤欲しいな。あと水道も。
こんな布きれじゃいまいち落ちねーっての!
* * *
新しい生活は、予想以上にきつかった。
この時代はガキ2人がなんの保護もなしに暮らしていけるほど甘くはなく、慣れるまでは苦労しっぱなしだった。
当初俺たちは火事から免れた村外れの家に住んでいたんだが、それもほんの2、3日のこと。
すぐにどこからともなく現れた火事場泥棒どもに家財道具一切を奪われ、あげくの果てに火をつけられた。
幸い俺もきり丸も食料を探して出掛けていたからなんともなかったけど、帰ったら家が燃えてました、なんて状況、あれはマジで泣けた。
というか、茫然自失だった。
今日からどうやって暮らせばいいんだよ、って。
まあその後運よく所有者不明のあばら家を見つけたんでそこを仮住まいとしているが、追い出されたら終わりだ。
(不法侵入のうえ不法滞在なのだから追い出されるのは当然なんだけど)また別の小屋を探さなきゃなんなくなる。
食料に関しては季節が季節なので、とりあえず山に入ればなんとかなった。
猪や熊にさえ気をつけていれば、とりあえず飢えたりはしない。
栄養面や衛生面は心配だが、そこは俺の身体に頑張ってもらおう。
問題はその他だ。
自然から調達できるもん以外は、買わなきゃどうしようもない。
でも、買うにも金がねぇ。だから稼ぐ。
仕事は思っていたよりもあっさり見つかった。
とは言っても、ガキの身体じゃやれることなんざ限られてる。
洗濯に子守、店の呼び込みと皿洗いぐらいだ。もちろん収入だって微々たるもの。お小遣レベルだ。
だからって働かなきゃ生きていけない。
……いや、生きてはいけるが、それだけじゃだめだ。
きり丸を浮浪にさせるわけにはいかない。
不自由なくとは言わないが、人並みに幸せな人生を送らせてやりたい。
それが兄貴の責任ってもんだ。
「ちんたらやってんじゃねぇ!次があんだぞ!」
「はい!」
今やってんのはうどん屋での皿洗いのバイト。
店の親父さんは口が悪いうえに人使いが荒い。
手際が悪いとガキの俺にも容赦なく怒声とともにげんこつが飛んでくる。
はっきり言ってとんでもねぇジジイだ。
でも昼飯をタダで食わしてくれるし、俺が戦孤児だと知るとそれとなく古着や余った食材を分けてくれる。
顔の割りにはすごく良い親父さんだ。
……こうやって褒めると照れ隠しに頭を叩かれるけど。
「おい、」
「なんです?」
「今日はもう帰れ。迎えが来てるぞ」
昼飯時の戦争のような忙しさが過ぎて一息入れていたところで、親父さんにそう言われた。
顎をしゃくった先を見れば、きり丸が木に隠れるようにしてこちらを覗いていた。
本人は完璧に隠れているつもりなのだろうがこっちからすればバレバレで、思わず笑みを漏らす。
でもおかしいな、いつもなら店の近くで他の子たちとで遊んでいる時間帯なのに。
なにかあったのか?
「きり丸!」
「わっ、あ……にいちゃん」
声をかければ、しまった!という顔で一瞬身をすくませた。
「どうした?きり丸。なにかあったのか?」
「……ううん、なんでもない!」
「そうか………親父さん、すみません。俺、今日はこれで」
「おう、帰れ帰れ。また明日来いよ」
「はい」
親父さんに頭を下げて、きり丸の手を引きながら家路につく。
いつもならその日になにがあったかを嬉しそうに話してくれるというのに、今日は俯いたまま何も話さない。
……やっぱり、なにかあったみたいだな。
「きり丸」
「なあに?にいちゃん」
「おんぶしてやるよ」
「えっ、にいちゃ……うわ、ひゃあ!」
うっわ、やっぱ重いなぁ。
3歳児ともなれば10キロ以上あるもんな。
……あ、やっべ。背負ったのはいいけど早々にダウンしそうだ。
予想以上だった体重にくじけそうになりながら歩き出す。
きり丸がどうして元気がないのか、心当たりがないわけじゃあない。
いや、俺だって本当はわかってる。
ただ、逃げ出したいだけなんだ。
「なぁ、きり丸。さみしい?」
「さ、さみしくない……さみしくないもん!」
ぎゅうっと強く握られた手に、そっかと返す。
村が焼けて1ヶ月。
みんなが死んで1ヶ月。
きり丸と家族になって、1ヶ月。
たった1ヶ月。
だけどそれは長かったし、短かった。
あの痛みはまだ身体に残ってるし、あの悲しみだって忘れたわけじゃない。
夜になればきり丸はお藤さんを、母親を求めてぐずるし、俺は悪夢に飛び起きる。
たぶん、この記憶は一生消えないんだろうなぁ。
それでも俺たちは生きていく。
楽しかったことも辛かったことも、全部引っくるめて抱え込んで生きてくんだ。
「きり丸、明後日は俺仕事ないんだ」
「ないの?」
「ないの。だから、明後日はずーっと一緒にいような」
「ほんと!?」
「ああ」
やったあ!と喜ぶきり丸に笑い返す。
大丈夫。
俺たちは、生きていける。
手を繋いで歩きませんか?