常々思っていたことだが、こいつ実は馬鹿なんじゃないのか?



「せんぱーい、あっそびっましょ!」
「なんだ……って三郎、お前ぇ気持ち悪ィんだよ。近付くな」
先輩ってば酷い……!」
「んな顔で言われたところでなぁ」



ため息を吐き、リアル過ぎて若干グロテスクな蛙面の三郎を追い返す。あ、ご丁寧に水掻きまでつけてら。
俺んとこじゃなくて、生物委員の竹谷とか伊賀崎んとこ行った方が喜ばれんじゃねぇのか?

何故かは知らないが、ここのところ三郎はよく俺の前に変装してから現れる。

常日頃から不破に変装しているのでこの表現はおかしいかもしれないが、実際そうなのだ。
普段の不破のままで成り切ったり、小平太や新九朗、留三郎なんかになったり先生になったり。
一度きり丸になって現れたことがあったが、無言で殴ったらそれ以来はしてきてない。
まったく何だっていうんだ。
あれか、ブームか。三郎のマイブームなのか。



「なぁ勘右衛門、あの馬鹿どうにかならないのか?」
「叱ってどうにかなるくらいなら、今頃雷蔵の変装やめてますよ」
「だよな」



隣で茶を啜っていた勘右衛門に言ってみるものの、たいした返事は返ってこない。
確かにあいつの悪戯好きは今に始まったことじゃないからな。他人に顔を借りることも。

三郎は後輩の中じゃ一番付き合いが長いが、俺はその素顔を知らない。
瞼が一重か二重か、丸顔か面長か、髪の色だって本当は何色なのか知らない。
ま、あんまり知りたいと思ったこともねぇけどな。見せたくない事情でもあるんだろうし。



先輩!三郎の奴見ませんでしたか!?」
「三郎の馬鹿なら目の前にいるが」
「僕は不破雷蔵です!」



はいはい、と適当に流せば雷蔵に扮した三郎はその顔を盛大に歪めた。

……隣の勘右衛門がにやにや笑ってて若干怖ぇ。
実は性格悪いだろ、おまえ。



「……なんでわかったんですか?先輩」
「そりゃお前、後輩に対する愛だろ」
「さっき雷蔵が町へ行くのを見たからね」
「ちょ、勘右衛門!おま、早々にバラすなよ!」



せっかく三郎をからかえると思ってたのに、意味ないじゃないか!

実は俺、三郎と不破の区別が未だにつかない。
もちろん普段の顔だけ借りてる状態ならわかるが、三郎が本気で不破に成り切ったら一発で見分けられる自信がない。
……喋りさえすりゃ、なんとかなると思うけどな。



「で?三郎。お前いったい何がしたいんだよ」
「だから先輩、遊びましょーって」
「よし、小平太呼んできてみんなでバレーでもすっか」
「それはやめてください!」
「冗談だ」



あいつに付き合うと体力消費が激し過ぎる。
つか遊ぶって何やれってんだよ。いまさら鬼ごっことかかくれんぼするような歳でもねぇし。
それこそ俺らが本気でやろうとしたら実習みたいになりそうだしな。

あ、そうだ。



「この前最中もらったから、それでも一緒に食うか?」
「最中!いいですね」
「じゃあ三郎、お茶入れてきてね」
「なんで私が!」
「三郎だもん」
「いや意味わかんねぇし」



そんなやり取りの後、三郎はぶつぶつ言いながら食堂へ向かって行った。
あいつは勘右衛門に弱みでも握られているんだろうか。5年の力関係が気になるところだな。

俺も最中を取りに行くか、と腰を上げたところで勘右衛門に引き止められた。



先輩、三郎と遊んでやって下さいね」
「あん?」
「先輩、最近実習で忙しかったから」
「だから?」
「三郎の奴、寂しかったみたいですよ?」
「寂しかった、ってそんな1年じゃあるまいし」
「三郎が甘えたなのは先輩も知っているでしょう」



確かに、と頷く。

いろいろ悪戯をやらかして飄々としている三郎だが、実は甘えたの寂しがり屋で末っ子気質だ。
あいつと親しい奴なら誰でも知ってる、周知の事実。
でも構ってなかったから寂しいって……あいつはいったいいくつだよ。
そんなんで俺が卒業したらどうすんだよ。
やっぱり三郎は馬鹿だな。



先輩」
「今度はなんだ?」
「顔、笑ってますよ」
「………最中取りに行ってくらぁ」



たとえ1個下でも、後輩が甘えてくんのは可愛いもんなんだなぁと自覚した瞬間だった。













さみしさに君の襲来