「伊作、今暇か?」
「え、まあ……暇、かな?」
「じゃ、ちっと付き合えよ」



話は30分ほど前に遡る。

その時の俺は食堂に行っていた。
目的はもちろん食堂のおばちゃんだ。
なぜかっていうと、いろんな噂話とかの情報を仕入れるため。
情報つっても、どこの店が安いとか品質が良い悪いとか、そういうの。節約生活には重要事項だし。
おばちゃん同士の情報網っていうのか?
意外といい店とか仕事先とか知ってんだよな、おばちゃん。井戸端パワーは侮れん。

今回はそれプラスこれまでにも何度か世話んなってるお礼に、なにか手伝えることはないかと行ったんだがそこで運の悪いことに学園長に捕まった。
学園長なら学園長らしく庵で茶ぁ飲んでりゃいいのに、何で食堂でおばちゃんと茶ぁシバいてんだよ。



「ちょうど良いところに来たな、。ちょいと頼みたいことがあるんじゃが」
「……お駄賃出ます?」
「む……まあ、いいじゃろ」



ってな会話の末に頼まれたのが、町へのお使い。
最近話題の団子屋で饅頭買ってこいってよ。団子屋なのになぜ饅頭?とは突っ込まない。
つか、なんでんな簡単なお使いを俺に頼むんだよ。
そういうのは1、2年の仕事だろ。

そう抗議したら、その団子屋のついでに町外れに出没する山賊もどきを退治してほしいとのこと。
メインはあくまで団子屋。そっちはついでらしい。

山賊という単語に幾分か渋ったが、他に誰か連れていっても構わないとのお言葉だったので、せっかくだから長次を誘ったのだがすげなく断られた。
今読んでる本が佳境に入ったらしい。
んじゃ、しゃーねぇな。

他の面子を当たってみれば、暇そうな伊作を発見。
てなわけで冒頭に戻る。



と二人だけでお使いに行くのって、初めてじゃない?」
「だな。いつもは長次とか梅之介と行くことのが多いし」
「ちょっと楽しみだなー」
「んじゃ、支度できたら来てくれよ。先に門のとこで待ってるからよ」
「すぐ行くよ」



それから間もなく出発して、他愛もないことを話しながら町へ向かっていった。
珍しく伊作の不運が発揮されることもなく無事に町へ着いた俺たちは、件の団子屋へ早速赴いた。うっわ、混みまくり。



「すごい行列だ。買えるかな?」
「売切れになるかもなー」
「……、先に言っとく。ごめん」
「あほか」



別に売切れたってお前のせいじゃねーよ。伊作の頭を小突いて最後尾へと並ぶ。
ま、売切れたところでどうせ俺が食うわけじゃねーしな。
学園長が悔しがるだけだ。
むしろ、それはそれで面白いかもしんねぇ。

団子屋の接客スピードは速かったが、商品製造が追い付かないようで列はなかなか前に進まなかった。
ふぁ、と思わずあくびを漏らす。

ま、気楽に待てばいいか。
たまにはこんな時間も悪かねぇ。

のんびりと雑談しつつ待つこと約30分。



!次の次、僕たちの番だよ!」
「おお、やっとだなぁ」



そうしてまわって来た順番で、ようやく注文をして饅頭を受け取る。
ありがとうございましたー!という声を背にそこから立ち去ろうとすると、店の主人っぽい男の声がすぐ後ろから聞こえてきた。
それは、完売したという売切れの声だった。

並んでいた人たちが肩を落としながらほうぼうへと散っていく中、俺と伊作は思わず顔を見合わせた。



、聞いた?今の」
「ああ、売切れたって言ってたな」
「僕たちが買ったのって、もしかして最後だった?」
「最後だったな」
「っ、幸運だ!ツイてるっ!やった、やったよ!」



小さくガッツポーズを決めながらはしゃぐ伊作につられて笑う。
いやー、珍しいこともあるもんだ。

さっきは伊作にああ言ったものの、実は売り切れて買えないと思っていたのだ。
水を差すような真似はしたくないから言わないけど。



「さて、饅頭も買ったことだし、次の用を済ませようぜ」
「山賊退治だったね。、大丈夫?」
「……まあ、お前も一緒だし」



* * *



町外れ。

山賊が出没するという噂が出回っているせいか人気はなく、妙に寂しく感じる。
そこにひ弱そう……いや、伊作ならまだしも俺は目つきが悪ぃからひ弱そうには見えねぇか。
ともかく、絶好のカモがやってくるわけだ。ネギじゃなくて饅頭片手に。
こんな状況、噂のせいで標的が減った山賊が見逃すだろうか。いや、そんなはずはない!

……というか、こんなこと思ってるうちにもう来てやがるし。
目の前に立ってにやにやと笑う山賊に、ため息を一つ漏らした。さて。



「おめぇら、痛い目に遭いたくなかったらあぁあっ!?」



セリフを最後まで言わせることなくしゃがみ込んで足ばらい。
そして仰向けに転がして鳩尾に踵を落とし、蹴り飛ばす。残り5人。



「こーいう奴らって、どーして似たようなことしか言わないんだろう、なっ!」



そのまま走り、下から顎に掌打を一発。
わずかに浮き上がった身体に、続いて剥き出しの腹へと叩き込む。あと4人。



「そりゃ、目的が同じだからでしょ!」



横目で伊作を確認すれば、肩の関節を外したところだった。うっわ痛そ。
辺りに絶叫がこだまする。残り半分。



「で、もっ!伊織の奴だったらもう半回転加えてくれるぜ?」



振りかぶってきた刀を苦無で受け流し、飛び退りながら刀を持った右手首を蹴り上げる。
刀が手を離れたことを認めてからそのままの勢いで回し蹴り。あと2人。



は山賊にいったい何を求めてるのさ」



視界の端では伊作がいつの間にか倒した山賊の一人を苦笑しながら踏み付けていた。
妙に山賊が痛がっていたのでよくよく見てみると、伊作の奴は男の急所を踏み付けてやがった。うっわー、えげつな。
あいつ実は仙蔵と同じくらいSだろ。こわ。



「これで最後、だよね?」
「ああ。目撃情報と一致してるし、近くに気配もない。あとはこいつだけだ」



仲間がやられたことで及び腰になっている痩せた男。
どうせ足軽が金と家をなくしての所業なので、たいした度胸も力量もない。
苦労することもなくテンポよく昏倒させた。

荒縄で手首を縛り上げている間に伊作が村へ人を呼びに行き、そんな感じで山賊退治は終了した。



「さて、帰るか」
「無事に終わってよかったねえ」
「おう。あとは饅頭を届けるだけだぜ……って伊作、お前饅頭は?」
「え、ちゃんとここに……あああ!?」
「どうした伊作!?」



まさかまだ山賊が!?

伊作の指の先を見れば、そこには食い散らかされた饅頭の残骸。
風呂敷だけが虚しく風に掠われる。
ちょっと待て、これって明らかに俺たちが買ったやつだよな……?



「こりゃきっとタヌキの仕業だろうなぁ」



村から来たおっさんの言葉にがっくりとうなだれる。
くっそ……順調にきといてこれか!この仕打ちか!



「忍務失敗……お駄賃もなし、だよなぁ当然」
「ふ、不運だ……!」



やっぱり山賊退治なんざ二度とやらねぇ!













急いては事を仕損じる