朝起きたら部屋の前に菖蒲が落ちていた。
誰だよ、こんなとこに捨てってった奴。

ひょいと拾いあげればそれは存外量が多く、紐でくくってひとまとめにしてあった。
つか明らかに捨てたんじゃねぇよな、これ。

きょろきょろと辺りを見れば、すぐ近くの柱に「弥」と書かれた紙切れが一枚。



「やっぱり弥之助の野郎か……」



弥之助は時々こうして物を置いていく。
食べ物だったり本だったり薬草だったり、特定のものではなくさまざまに。
しかもそれがその時その時に必要になったり使うものだったりするからムカつく。
俺が気付かないうちに置かれてるっていうのもさらにムカつく。

俺これでも6年なのに。卒業したらタマゴじゃなくてちゃんとした忍になんのに。
いくら寝てたとはいえ気配を感じ取れなかったなんて……!
プロ忍にはまだまだ敵わねぇってか?くっそう!



「にしても、菖蒲かぁ……」



どうしろってんだ?
食えないし、たいして必要性のある薬草でもないし。何に使えと?

手で弄びながら食堂に向かう。
いまいち使い道がわかんねぇなあ。
弥之助は必要のないもんなんざ送ってこねぇから、この菖蒲もなにかに使うんだろうけど……。



「いっそ活けるか?」
「お前が活け花なんて柄か?



俺の独り言に返事をしてきたのは仙蔵だった。
からかい混じりの言葉に、じゃあどうしろってんだよ、と返す。



「今日が何日か知っているか?」
「今日?あー……あ?なんかあったか?」
「5月5日。端午の節句、菖蒲湯だろう」



おお、やっと納得。
そうか今日は子供の日だったか。あんまし馴染みがねぇから忘れてたわ。

弥之助の奴よく覚えてたなぁ、こんな行事。
菖蒲湯なんてたいして一般的じゃねぇのに。

どーせなら柏餅の方が腹が膨れていいんだけど……だめか。
柏餅って意外と匂いがきついしな。
忍がんな匂い纏ってちゃアウトだろ。
菖蒲はあんま匂いしねぇしな。

菖蒲を束から一本取り出して、くるくると回す。



「せっかくだから湯に浮かべてみるか」
「だったら刻んでからの方がいいよ」



次に話に割り込んできたのは伊作だった。隣には留三郎がいる。
朝飯の時間帯、いつものメンバーが集まりつつあるようだ。



「菖蒲にはね、血液循環促進作用があって、冷え症肩凝り疲労痛なんかに効くんだ」
「出た。不運委員長の健康蘊蓄」
「なにその呼び方!留三郎ひどいっ」
「本当のことだろ」
まで!ちょっと仙蔵も笑わないでよ、もう!」



それが朝のこと。


夕方。
おばちゃんに包丁を借りて半分だけ菖蒲を刻み、布で包んだ。
さすがに全部刻んじまったら風情がねぇし。そんなわけで準備オッケー。
浮かべてくるついでに、どうせなら一番風呂に入ってやろうと手ぬぐいも一緒に持っていく。
この時間帯なら、たぶんもう沸いてるよな?風呂当番が忘れてなきゃ。
授業時間や就寝時間の関係で、学園の風呂は基本的に学年順に入ってく。
だから普段はもっと遅い時間に入ってるんだが、まあ今日くらいはいいか。
ちょうど飯時だし、誰も入ってねぇだろ。



「あ、兄ちゃん!」
「きり丸?」



あと、えーと、乱太郎にしんべヱ……だったよな?
三人仲良く湯舟に浸かっている。

誰もいないと思ってたのに、どうやら先客がいたみたいだ。



「お前らどうしたんだ?こんな早い時間に」
「遊んでたら池に落ちゃって……」
「そういう兄ちゃんは?」
「これ入れようと思ってな」



片手に持った菖蒲を掲げる。
つか、なんか青臭いにおいしかしないが大丈夫か?
早く入れとこうと思ってたが、これじゃあ布の中身も菖蒲だって誰も気付かねぇ気がする。

その考え通り、きり丸が疑問を示す。



「兄ちゃん、その中身なに?葉っぱ?」
「葉っぱだな、一応。今日は端午の節句だろ?」
「あ、ぼく知ってるー!しょーぶ湯ですよね、先ぱい!」



よく知ってんなー、としんべヱの頭を撫でながら知らないだろう二人に説明する。

端午の節句。
一般的には子供の日として知られるわけだが、ようはあれだ、子供の成長を祝う日。
こいのぼりが立身出世で、鎧兜が身体を守るって意味で健康を祈る。だったか?詳しいことはよくわからん。



「今日な、弥之助が届けに来たんだ」
「ええー!弥之助さん来てたの!?おれも会いたかったのに……」
「いや、知らねぇうちに来たみたいで俺も会ってねぇんだ。ま、そのうちまた来るさ」
「兄ちゃんが先に会ったら、おれのとこにも来てって言っといてよ」
「ああ」



約束をしたあとに身体を洗い出す。
ちなみに、石鹸じゃなくて糠を使って洗う。
これが意外と落ちるのだ。頭に使えないのが少々難点だが。

きり丸たちと背中を流し合って、いろんなことを話しながら風呂を楽しんだ。
菖蒲の香りもこうしているといいものに思えてくるから不思議だ。
本来忍は臭いを纏っちゃいけないものだが、このくらいなら目立ちはしない。



「さ、出ようぜ。今日おばちゃんに頼んで柏餅作ってもらったんだ」
「ほんと!?やったぁ!」
「かしわもちだー!」



菖蒲湯に入って柏餅を食って、俺たちは端午の節句を堪能した。
来年は家で鯉のぼりでも揚げたいな。

願わくば、こいつらが健やかに成長しますように。













やわらかなつぼみ