夏の風物詩といえば何を思い浮かべる?
例えば花火にスイカ、祭り。かき氷や風鈴なんかもそうか。
だけど今から話すのはそれじゃなくて、金もかけないもっと手軽なもん。

つまり―――怪談だ。



+ + +



なぜか知らないが、本日この1年ろ組では怪談大会が開かれることとなった。
人数的に百物語ではないらしいけど。

場所は夜の長屋。ちなみに俺の部屋。
参加メンバーはろ組全員と他の組の奴らがちらほら。
蝋燭1本のみの明かりのもと、蝋燭の火が消えるまで順番に話していく。
虫の音しか聞こえない中での怪談ってのは、なかなか雰囲気がある。

だが小平太なんざは話し方からして笑い話にしかならねぇけどな。
あ、でも長次は間の取りかたが上手い上手い。しかもチョイスがマニアックだから聞いてておもしろい。

楽しみながらそれぞれの話を聞いているうちに、やがて俺の番が回ってきた。



「いいか、これは昔学園で起きたことなんだがな………」



声のトーンを抑えて、静かに語り出す。
実は俺、こういうホラー話はけっこう得意だったりする。

昔小学生くらいの頃、学校からの帰り道で伊織にせがまれてよく話していたからだ。
俺自身も当時その手の話にハマっていたものだから本を読んで話を覚え、しまいにゃオリジナルまで作ってた。
ま、ブームだったのは半年程度だったけどな。

だから怪談にゃあちっとばかし自信がある。



「今でもな、時々出るらしいぜ」



ごくり、と誰かが息を飲んだ。



「そう……ちょうどこんな暑い夏の夜に、な」



言い終わった後、まさに絶妙のタイミングで蝋燭の火が揺らめき、一瞬だけその光りが弱まった。
ひっ、と小さく悲鳴が上がったことに一人にやにやしていると、横から茶々が入ってきた。



「お前ら今の話がこわいだなんて、なさけねー!」
「なさけねー!」
「ゆーれいなんて、いるわけないじゃん!」



難癖をつけてきたのはい組の二人だった。
つーか怪談大会なんだから雰囲気ぶち壊すようなこと言うんじゃねぇよ、と少しばかりむっとする。
当然そう思うのは俺ばかりではなかったらしく、周りからも反論の声が上がった。



「なんでいないって言えるんだよ!」
「そーだそーだ!」
「ゆーれいなんてヒカガクテキなもん、ニンジャは信じないんだよ!」
「ふーんだっ!い組のかっこつけ!」
「ろ組のおくびょーもの!」
「言ったなぁ!?」
「そっちだって!」



収拾のつかなくなってきた言い合いへ仲裁に入る。
夜にあんま騒いでっと先生たちに怒られっぞ、と言えばい組はたちまちおとなしくなった。おお、さすがは優等生組。
一方ろ組の方も放って置けばまたつっかかりそうなので長次と梅之介に頼んで落ち着かせる。

ちらりと外を見て月の位置から判断すれば、そろそろ日付の変わる時間。
ようやく歳が二桁になったばかりのガキが起きているのにも、ちと遅い時間だ。
いくら明日が休みとはいえこれはまずいので、今回はこれでお開きにすること告げる。



「ほら、もう寝るぞ。お前ら明日寝坊し過ぎんなよ?」
「しないよー!」
「なあ、今日ここで一緒にねてもいいか?」
「なんだ小平太、怖いのか?長次がいるだろ」
も一緒の方がいいんだ。そっちのがこわくない」



人数の多い方が怖さが薄れるってか?
その心理はわからないでもないので布団はちゃんと持ってこいよ、と言って了承する。どうせ一人部屋だしな。
すると今度は梅之介から「ね、。ぼくらもいい?」と頼まれた。
5人……ちょっと狭いが、まあ我慢出来ないほどでもないか、と頷けば次々と声が上がってく。

結局、ろ組全員で寝ることとなってしまった。
雑魚寝決定だ。ま、夏だし。いーけど。



「おら、火ぃ消すぞー」
「わわっ、待って待って!」
「おやすみー、寝小便垂れんなよ」
もね!」
「うっせ」



俺が今更おねしょなんかしたらいい笑いもんだ。
ふっと息を吹き掛けて蝋燭の火を消した。


そうして真夜中、少しばかり暑苦しい部屋で寝こけていると囁き声で起こされた。
、としきりに呼ばれて睡眠を妨害されたので思わず低い声で返す。



「……んだよ」
、かわや」
「あ?」
「かわや、ついて来て?」



声の主、春宣は泣きそうな顔でそう言った。
怖くて一人じゃいけないってか?

……まあ、気持ちはわかる。
明かりを片手に真っ暗闇の中を一人進んでいくのは怖ぇよな。
しかも蜘蛛とか蜥蜴とか出るし。
ふっと顔を上げた瞬間、目の前に蜘蛛がぶら下がってたら普通にビビる。あ、あと馬鹿でかい蛾も。
知ってるか?あいつらの羽、俺たちの手よりもデカいんだぜ。

欠伸を堪えながら廊下に出て厠まで行った。
待っててね、絶対に先に行っちゃダメだよ!と念押しする春宣におざなりに頷いて、ついでとばかりに俺も用を足す。



「春宣、終わったかぁ?」
「うん。、ありがと」
「次からはちゃんと寝る前に行っとけよ」
「そうする」



手を洗ってさっさと部屋へ戻る。
どうせならこのまま起きて内職の仕事でもすっか、とも考えたが、今は草木も眠る丑三つ時。
いくらなんでも起きているにはまだ早い。
ならとっとと寝て明日に備える。

が、途中で問題が起きた。



「……何やってんだ?あいつ」
「い組の潮江文次郎くん、だよね」



廊下の角でびくびくしている文次郎。
……まさかたぁ思うが、あいつも便所に行くのが怖いのか?



「おい、」
「ひぃっ!」
「……大丈夫か?」
「な、なにがだ!おれはべつに、かわやに行くのがこ、こわいだなんで思ってないからな!」



……なんだかなぁ。
思わずため息を漏らす。



「春宣、お前一人で部屋まで戻れるか?」
「う、うん。すぐそこだから大丈夫」
「そうか、ならよかった。ほら文次郎、行くぞ」
「どこに行くんだよ!」
「厠だよ。さっさと行くぞ、眠ぃんだからよ」
「べ、べつにこわくねぇし」
「置いてくぞ」
「ま、まて!」



+ + +



「―――ってなことがあったんだよ、ちょうど今のお前らの時期に」
「潮江先ぱいも昔はこわがりだったんですね!」
「すっごく意外……」
「だろ。今度これであいつのことをからかってやれ」



たまたま会った一年は組の団蔵と金吾に笑いながら昔話をしてやった。

昔は怖がりだった文次郎も、今じゃ鬼の会計委員長だもんなぁ。
時も経てば人も変わる。

うんうんと一人頷いていると、すぐ後ろで地を這うような声が。



「……おい、てめぇ」
「お、噂をすれば。怖がり文次郎くん、どうした?」
「どうした、じゃないわバカタレィ!勝手に何を話してやがる!」
「いやなに、鬼の会計委員長にもっと親しみをもってもらいたくてだな」
「余計なお世話だっ!」



そこから鬼ごっこが始まったのは、言うまでもない。













ドアを開ければヤツがいる