ずっと前から考えていたことだった。
誰にも話したことはなかったけど、それでも村が焼けたあの日から考えていたこと。

いくら記憶があるといっても俺は外見上子どもで、しかもまだ幼いきり丸がいる。
手に職を付けるにも、半ば浮浪児のような俺に奉公先があるとは思えない。
だからずっと今のままの生活を続けていくんだろうと思ってた。

でもそこへ、弥之助が来た。きり丸を守ってくれる、信頼の出来る大人が。
だから選択肢が増えた。
いろんな所で働いて、話を聞いて、それから考えた。かなり。大学を選ぶときよりも考えたんじゃないだろうか。

そうして俺が出した結論。



「俺は、忍になろうと思う」
「……それで?」
「忍術学園という忍になるための学舎があると聞いた。そこに入ろうと考えている」
「にいちゃん、どっかいっちゃうの?」
「ああ。帰って来るのは季節ごとの休みになるらしい」



噂ばかりでたいした情報は集められなかったけど、そのくらいは知ることができた。
寮、というか長屋があるのでそうそう帰ることは出来ない。
場所もここから決して近いとは言えないし。

不安げに俺を見上げてくるきり丸の頭に手をのせた。



「それは、もう決めたことなのかい?」
「……入学金も、当面の授業料も自分で稼いだ。あとは春を待つだけだ。でも、」
「でも?」
「正直、まだ迷ってる」



確かに結論は出した。
弥之助の話を聞けばいかに忍がきついものかもわかる。それでもそうしたいと考えている。だけどまだ決定じゃない。

俺の悩む理由。それは、



「それは、きり丸のことで?」



まるで心の内を読まれたかのように先回りして言われたことに苦笑い。
それにひとつ頷いた。



「……俺はきり丸の兄貴で、家族だ。きり丸はまだこんなにも小さい。なのに、俺の都合で置いていくことになる」
「おれはべつにいいよ」



あっさりと事もなげに言うきり丸に目を見開いた。
まじまじときり丸の顔を見る。



「いいよ、にいちゃん。おれ一人でもへいきだよ」
「いや私がいるけどね」
「お前は黙ってろ」
「はいはい」



きり丸と向き合い、見つめる。
小さな身体、無垢な瞳。守るって決めた、俺の唯一無二の弟。



「本当にいいのか?」
「うん」
「一人でも平気か?」
「……うん、だいじょうぶ」



こくりと頷いた。……絶対に渋られると思っていたのに、こうもあっさり賛成されるとなんか寂しい。
俺の知らない間にきり丸も成長してんだなぁ。弟離れが必要なのは俺の方かもしれんな。

ごめんな、と頭を撫で、ありがとう、ときり丸を抱きしめた。

俺、頑張るよ。



* * * * *



(まったく、この子たちときたら……)


微笑ましくなるような兄弟愛を見せつけてくれる二人にひそりと笑った。

もきり丸も、余程子どもらしくない子どもだ。
せっかく私がいるのだからもっと甘えて我が儘を言ってもいいというのに。手助けする前にとっとと歩き出してしまう。
よく出来た子どもというのも考えものかもしれない。せめて背中くらい押させてほしいものだ。


半ば押しかけるようにして始めたこの暮らしだが、想像以上に居心地が良かった。
人のいる家に帰るという温かさ。口に出せば返ってくる言葉の心地良さ。幼い時分、ほのかに憧れていたそれがここにはあった。
それを与えてくれたこの子たちには、出来るだけ返していきたいのにそれすらままならない。
だからせめて、私から与えられるものはすべて与えるつもりだ。



「それで、出発はいつにするんだ?」
「日はまだある。だいたいひと月後だ」
「そうか、じゃあそれまでに予習でもしようか」
「予習か……」



ううん、と悩み始めた
どうせ勉強をとるか仕事をとるか秤にかけているのだろう。まったく、しょうのないこととはいえこの守銭奴には困ったものだ。

以前、とこれからについて話していたときに忍は儲かるのか?と聞かれた。はどうも危険な職業はそれだけ給金も高いと思っている嫌いがあった。

だがしかし、当然のことながら忍というのは一概に儲かるわけではない。
それは勤め先によって忍の待遇が違ってくるからだ。私がはずれ籤を引いたように、雇い主に殺されることだってある。
生死に関わる任務もあり、命と報酬を天秤にかけたところで必ずしも釣り合っているわけではない。
上手く立ち回ることができればまた違ってくるのだろうが。

自己利益だけを求めるならば、はきっとうまく立ち回って身の安全を確保し、稼いでいくだろう。
けれど実際はそうじゃない。自身の性格と今この状況ではきっと嫌な立ち位置になるだろう。



「まったく、君は損な性格をしているねぇ」
「しょうがねぇだろ、性分だ」
「にいちゃん、へいきだよ!」
「ん?」
「にいちゃんがソンしたら、おれがそのぶんかせぐから!」



自信満々に胸を張りながら宣言するきり丸にはきょとんとして、それから微笑んだ。



「ありがとな、きり丸」
「ふ、くくっ」
「笑うな馬鹿弥之助」



どうにもおかしくて、一人笑っていればぱしりと頭を叩かれる。
そのやり取りにきり丸が声を上げて笑い、やがてもそれにつられるように笑った。


ああ、これだから退屈しないんだ。













夢見がちランプーン