授業も終わって、委員会もない昼下がり。
僕らが久しぶりにのんびりとお茶を飲みながら雑談していると、三郎がふと真剣な顔をした。
また何か悪戯でも思い付いたのかな。

三郎はぐっと顔を寄せて、声を潜めながらこう言った。



「先輩が最近、怪しいんだ」
「先輩って先輩?」
「怪しいってなにがだ?」



隣にいた八左ヱ門と台詞が被った。
二人で顔を見合わせた後に三郎を見れば、三郎は芝居がかった表情で嘆いた。芝居がかるもなにも、僕の顔なんだけどさ。

嘆きの内容は、学級委員長委員会の先輩について。
先輩は最近付き合いも悪いし、この前はこそこそと手紙を書いていた。
誰に宛てるんですか?と聞けば焦ったように誤魔化される。
極めつけには旅籠へ綺麗な女の人と入っていった、というのが三郎の弁。

先輩っていえば、中在家先輩と同じ組の、すごく頼りになる先輩だよね。
前に食堂でどっちの定食にしようかずっと悩んでたときに助けてくれたし。



先輩には、恋仲の人がいるかもしれない」
「え、なにか問題?」



別にいいじゃない。先輩だって男なんだし、ねぇ。八左ヱ門と再び顔を見合わせる。

5年生の先輩の中じゃ、先輩はいい男の部類に入ると思う。僕の勝手な考えだけどさ。
でも実際、かっこいいし頼りになる。学級委員長をやってらっしゃるから責任感も強いし、僕ら後輩にも優しい。
この前の合同実習では忍具の扱いもすごく上手かった。
確かにちょっと口が悪かったり守銭奴だったりするけど……。
うん、でもそんなの帳消しになるくらい先輩は尊敬できる先輩だ。



「それでだな、どうやら先輩は明日町へ出かけるらしい」
「逢い引き?」
「たぶんそうだ」
「どうするんだ?」
「もちろん尾行するのさ!」



三郎の顔はとても輝いていた。



* * *



「そんなわけで僕らは先輩を尾行中です」
「雷蔵、なにぶつぶつ言ってんだ?」



また悩んでるのか?首を傾げる八左ヱ門になんでもないよ、と返す。

僕ら3人はそれぞれ変装をして、前を歩く先輩を見張っている。
もし見付かっても、課外授業として変装してますって押し通すつもりだ。

本当は兵助と勘右衞門も誘ったのだけど、二人とも明日の実技の練習をするんだって。さすがい組。



「雷蔵、ハチ、対象に動き有りだ」
「茶屋に入ってったな」
「私達も行くぞ」



先輩が入っていったのを確認し、少し間を空けてから自然を装って入っていく。

そう広くはない店内、先輩はすぐ見付かった。角の席でお茶を啜りながら人待ち顔で座っている。
僕らは先輩と背中を合わせる、店の奥側へと腰を下ろした。

ひとまずお茶と団子を…いや、饅頭も美味しそうだな……。
あ、でも栗ぜんざいってのも食べてみたいかも。うーん、迷うなあ。
いつまでも迷っている僕を見兼ねてか、三郎と八左ヱ門がそれぞれ饅頭と団子を注文してくれた。
僕は栗ぜんざいだから、みんなでわけっこするって。やった。

待っている間に、雑談しながら先輩を観察する。



「対象、お茶を飲むばかりで何も注文しません」
「逢い引きなら相手が来てから注文するでしょ」
先輩、暇そうだなあ」
「珍しいな。先輩が暇してるのって」
「確かに」



先輩っていつも何かしら動いてる印象があるもの。
頼まれ事とか、仕事とか。時は金なりを体現してるような人だし。
そう考えると、先輩が時間を削ってまで会いに行く女性がいるってすごい。きっとものすごく好きなんだろう。

しばらくすると、女の人が入ってきた。
品の良い着物を着て、艶やかさのある顔立ち。八左ヱ門がおお、と感動したような声を上げた。
女の人はきょろりと視線を動かして、目的の人を見つけたのかこちらへ歩いてきた。
そして先輩へ近づき、腰を下ろした。先輩の隣へ座ったみたいだ。

まさか先輩の好い人がこんなに美人だとは思わなかった。
どぎまぎしながら二人の会話へ耳を傾けた。



「遅いじゃねぇか。つか、なんだその格好」
「急な仕事が入ったの。だから着替えずにそのままで……ごめんなさい」
「……いや、構わねぇけど」



なんだか意外だった。
先輩はくのたまとか、女の人に対しては割合丁寧に話すのに、この人に対しては違う。
雑というか、七松先輩とか中在家先輩に話すときのような感じ。それだけ気安い仲ってことなのかな。
先輩の話は軽い雑談といった風で、いまいちこの人と先輩が三郎の言うような仲なのかわからない。
隣で三郎がじれったそうにしている。



「でね、あの子も早く会いたいって言ってるわ」
「俺も会いたいよ。もう何ヶ月も顔合わせてねぇし」
「うふふ、きっと驚くわ。すごく大きくなってるから」
「休みに入ったらすぐ帰るって伝えてくれ」
「はい。私もあの子も待ってるわ」



「……なあ、先輩って子どもいんの」
先輩に限ってそんなことあるはずないだろう!」
「でも今の会話って、完璧夫婦の会話だよね」
「単身仕事へ出掛けた亭主の様子を見に来た女房?」



まさにそれ、と頷く。
三郎は頑なに否定してるけど、さっきの会話からするとそうとしか思えない。

あれ、でも先輩って14歳だよね?五年生だし。
でも女の人の口ぶりからして、子どもの年齢は最低でも2歳以上。
ていうことは先輩が12歳のときの子ども……?いやいや、でもさすがにそんな歳じゃ難しい。
けど先輩の子どもじゃなかったらさっきの会話の説明がつかないし……。ううん、なんなんだろ。
僕が悩んでいる間に話が終わったのか、先輩と女の人は外へ出て行こうと席を立った。



「私たちも行くぞ」



三郎の声に頷き、先を行く2人の後を追い掛ける。諜報の実習みたいでなんだかどきどきするなあ。
町人を装いながら自然な形で後をつける。
女の人は先輩にぴったり寄り添いながら歩いていた。

……なんか、意外と背高い。先輩だって低いわけじゃないのに、同じくらいだ。

どこへ行くのかと考えてたけど、2人が向かったのは予想外の場所だった。町外れにある家。
先輩たちはそこの老夫婦に代わって畑の世話をしているようだった。
さすがに近くまで行って確認することはできないから遠目での判断だけど。



「三郎どうする?これ以上の動きはなさそうだよ?」
先輩には奥さんと子どもがいるってことでいいじゃん」



もう調査は出来たし、帰る?と促してみたけれど、三郎は渋っている。
納得かいかないみたいだ。



「でもここでこのまま見てるのもなあ」
「まさか参加するってわけにもいかないし」
「参加?してけしてけ」
「っ先輩!?」



降ってきた声にばっと振り返ると、先輩がにやにやしながら立っていた。

僕らの会話を聞いて……そもそもいつから気づいて……。
みんなの顔がさあっと青くなる。
お、怒られる……?だけど先輩の口から出たのは、全然違う言葉だった。



「農作業を手伝ってくれる若者募集中。今なら特典として、俺と奴の関係がわかるぜ?」



その言葉に、一も二もなく頷いた。



* * *



「ただの同居人!?」
「奥さんじゃなかったんですか!」
「やめろよ気持ちわりぃ。冗談じゃねぇぞ、こいつは男だ」
「お、男ぉ!?」
「ふふふ、私もまだいけるみたいね」



農作業が終わった後にされた種明かし。

僕らが女の人と勘違いしていたのは弥之助さんの女装だということを教えられた。
弥之助さんは忍をやっているんだって。
すごく綺麗な人だと思ったのに……。



「あっ!でも先輩、子どもの話してたじゃないっすか!」
「子どもの話?」
「ほら、何ヶ月も会ってないとか大きくなってるとか」
「ああ、きり丸のことね」
「きりまる?」
「弟だよ。普段は弥之助に面倒みてもらってんだ」



なあんだ、と拍子抜けする。
いろいろ考えちゃったけど、全部勘違いだったんだ。

お世話になったことのあるおじいさんがギックリ腰になった。という話を聞いた先輩は、恩を返そうと畑仕事を引き受けた。
けどさすがに一人でやるには広すぎたので、弥之助さんを応援に呼んだ。

と、先輩は説明してくださった。
逢い引きじゃなくて結局は仕事。やっぱり先輩は先輩だった。

三郎が隣でほっと息をついている。先輩がとられなくてよかったねぇ。



先輩、一つ聞いてもいいっすか」
「なんだ?」
「俺達の尾行、いつから気づいてました?」
「町に入る前……山の麓辺りかな」
「そんなに早く!?」
「そりゃあれだけ3人固まってりゃ不自然だろうが」



やれやれ、と先輩は肩を竦めた。



「いつもなら三郎がその辺気付きそうなもんなのに」



お前にしちゃ珍しい失敗だったな。不思議そうな顔をしながら言った。
そりゃそうだよね、だって大好きな先輩がとられるかどうかの一大事だったのだもの。
耳を赤くしてそっぽ向く三郎に笑った。













些細なことが大事件!