唐突に思った。
「プリンが食いたい」
誰だってあると思う。その時の気分によって何かが無性に食べたくなることが。
で、今の俺はプリンが食いたい。カラメルソースのかかったやつ。
別にバニラビーンズ入りとか生クリームかかったのとか面倒臭いことは言わねぇ。
3個100円の安物で十分だ。
けど、
「売ってねぇよなぁ……」
つか売ってたらびっくりだ。どんだけ時代先行だよ。探したってねぇだろ。
でも食いたい。じゃあ作るか?
確か中学の時に茶碗蒸し作ったし、あれの中身変えりゃできるんだよ、な?たぶん。
まあいいか、とりあえず挑戦だ。
* * *
材料は卵と牛乳と砂糖。
あれ、牛乳じゃなくて生クリームだっけ?まあ生クリームは用意出来ねぇし、牛乳でいいか。
砂糖はないからハチミツで代用。つーわけでカラメルソースも割愛。
全部の材料を鍋にぶち込んで混ぜた後、竹で作った容器に入れて蒸し上げる。
ちなみに計量カップなんて都合の良いもんなんざねぇから目分量で計る。
ようするにわりと適当。
………これだけ適当にやってっと、もはやお菓子作りっつーよりも男の料理だな。
まあプリンだったら失敗したところで、焼けば食えるんだから気負っちゃいないってのもあるが。
おばちゃんに許可をもらった炊事場で一人ごそごそやっていると、勝手口から声が飛んできた。
「先輩はなにを作ってらっしゃるんですか?」
「あ?……お前は確か新九郎んとこの」
「3年い組の綾部喜八郎でーす」
そうそう、そんな名前。扱いづらいのが入って来たって新九郎がぼやいてたっけ。
綾部は俺の持つ器を不思議そうに見つめながら近付いてきた。
興味津々なその様子に、思わず笑みがこぼれる。
「今プリンっていう、あー、南蛮菓子作ってんだよ。美味いって保証はねぇが、食ってくか?」
「ぷりん……いいんですか?」
「いいぜ。まだ蒸してねぇから、出来るまでの間に土落としてこい」
「はい」
こくりと頷く綾部。今までなにをやってたのか、その姿は土まみれだ。
手鋤が立て掛けられてるし、穴でも掘ってたのか?
沸かした鍋の上に蒸籠を乗せて、蓋をする。時間は……まあひとまず5分くらいで様子見だな。適当適当。
大学生の頃は伊織とルームシェアしていたが、当然のことながら料理は俺の担当だった。
朝は手抜きでご飯と味噌汁。昼は食費を押さえるために弁当を作って、夜も予定がなければ作って食べる。
金のない学生にとって料理は必須スキルだ。2人分だし。
つっても大したもんは作れねぇが、男の料理なんざそんなもんだ。
10日くらいでローテーションしてた。伊織も文句言わなかったし。
今だってそれなりに料理はできる。
きり丸に美味いもん食わせたくていろいろと研究したからな。節約レシピとか。
ま、さすがにお菓子を作るのは初めてだけど。
「先輩、洗ってきました」
「おう、もうちょい待ってろ。もーすぐ出来るからよ」
多少すが入ったものの、ひとまず形になったプリンを蒸籠から取り出す。無事に固まってよかった。
本当は冷ましてから食うべきなんだろうが、とりあえずはこのままで。
熱いプリンってのも悪くはないだろう。
心なしか目が輝いているように見える綾部にほらよ、とそのまま渡した。
つっついたり匂いを嗅いだりと観察している綾部を横目に、俺はせっかくなので皿にひっくり返して盛ってみた。
なんとも言えない音を立てながらプリンが落ちてくる。
……若干崩れた上に、重みででろんと広がった。
カラメルないから微妙だし。つーか結構ハチミツ臭いな。大丈夫か?これ。
「先輩」
「なんだ?」
「それ、僕のもやって下さい」
「ひっくり返すのか」
こくりと頷くので希望通り綾部の分もひっくり返した。……なんかすげー満足げだ。
プリンを一匙すくって食べてみる。
あー、うん……あのプリン特有のぷるんっとした食感がない。
まあ手作りならこんなもんかねぇ?
冷たくすりゃまた違うか。
俺がもともと食いたかったのは市販のだから、違うのは当然。仕方ねーか。
「どうだ綾部、うまいか?」
「ものすごく」
「お、おう。そりゃよかった」
プリン初体験の綾部に感想を求めたら、神妙な顔つきで返されたので少しばかり動揺してしまった。
んなに美味かったのか。いや作り手としちゃ嬉しいが。
かなり気に入った様だったので残ったやつを一つ分けてみる。
冷ましてから食うとまた違うぜ?と勧めれば、やってみますと重要な任務を請け負ったように頷いてみせた。
残ったプリンは後2つ。うーん、どうすっかな……。
ま、会った奴にやりゃいいか。とりあえず部屋に戻ろう。
「!」
「おー小平太。なんか用か」
「ぷるん!」
「ぷるん?」
「あれ、ぷれんだったか?」
「プレーン?」
「さっき綾部が持ってた茶碗蒸しみたいなやつだ!」
「ああ、プリンか」
「それ、私も食べたい!」
おお、早速貰い手が決まった。
二つ返事で渡すと、小平太は大口を開けて食べはじめた。
おい、せめてどっかに座ってからにしろよ。
そう注意する暇もなくあっという間に食べ終えると、「ありがと!美味かった!」と言い残して去って行った。忙しない奴だなぁ。
「さて、あと1個どうすっかな」
「私がもらうよ」
「あ?……弥之助、お前また忍び込んでやがったのか」
「忍び込むだなんて人聞きの悪い。きちんと入門表に記入してきたよ」
屋根から降りてきて肩を竦める。つーかいつからいやがった。
どうせ聞いたところでまともに返事をするはずがないので、ため息をついてプリンを渡した。
「きり丸の様子はどうだ?」
「変わらないよ。最近は」
「そうか。そりゃなにより」
「君はきり丸のことしか聞かないんだから。たまには私の心配でもしたらどうだい?」
「目の前でプリン食ってる奴の何を心配しろってんだ?だいたい、お前が仕事をしくじるはずないだろう」
「いや、まあ……そうだが」
なぜか決まり悪そうに顔を逸らす弥之助を不審に思いながら、味はどうだ?と聞くと、なかなか美味しいよ、と返ってきた。うし、成功だな。
後日、プリンを相当気に入ったらしい綾部から作れとせがまれることになる。
……穴に落とされてから、という方法で。
んなに美味かったなら、今度帰った時にきり丸に作ってやろうかな。
まるで餌付けのようなもの