我らが学級委員長委員会委員長代理、先輩はたまに妙なことをする。頻度でいえば、季節に一回くらい。

具体的な例で言うと、この間は突然「三郎、鬼の顔になってみろ」と言われた。
ここでできないと言えば変装名人の名が廃るというもの。
私は見事鬼に成り切り、先輩の前に立ったら……追い回された。
しかも先輩は豆を投げつけてくる。そう、節分の豆まきだったのだ。
けれどただ豆をまくのではなく、先輩はなにやら道具を使って投げてくる。これがけっこう痛い。
後で聞いたが、あの道具はぱちんこというらしい。
そのぱちんこを使い、先輩は暴君さながらに私を追い回した。ものすごく楽しそうに。

普段は非常に頼りになり、冷静で、尊敬のできる先輩なのだが、たまの行動はいただけない。
特にこの私が振り回されるようなものが!でも、先輩の妙な行動にも歓迎すべきものがある。


それは、今回のような。



***



「そうだ、鍋をやろう」
「はい?」
「三郎、勘右衞門。鍋やるぞ鍋」
「鍋、ですか」



勘右衞門と顔を見合わせる。先輩は真面目な顔で頷くと、私達に言った。



「本当は炬燵でやるのが一番なんだが、そんなもんねぇし、火鉢だな」
「はぁ」
「三郎は火鉢を、勘右衞門は炭をもらってこい。俺は食堂に材料もらいに行ってくらぁ」



そう言うとさっさと出て行った。
こういう時の先輩にはおとなしく従うのが良いと短くない付き合いから分かっている。
私と勘右衞門は、素直に言われたものを取りに向かった。



***



「おう三郎、おっせーぞ」
「火鉢は重いんですよ」
「……そうだな。俺が取りに行きゃ良かったか」



ふむ、と火鉢を見るものだから、出かかった文句を飲み込まざるをえなくった。
まったく、これだから先輩は。先輩なのだから嬉々としていろいろと言えばいいのに。



「先輩、材料って何もらえたんですか?」
「よくぞ聞いてくれたな勘右衞門!これを見よ!」



笊の中には白菜や大根などの野菜とキノコやら豆腐やら。
そしてその隣にででーんと置かれた、



「え、もしかしてこれって……」
「鯛じゃないですか!どこから盗んできたんですか!」
「三郎てめぇ人聞きの悪いこと言ってんじゃねーよ。食わせねぇぞ」
「やだなぁ先輩。冗談ですよ冗談」
「で、どうしたんですか?まさか買ってきたってことはないですよね」
「それこそ冗談だろ。ちょうど兵庫水軍から届いたとこでな、交換してもらった」



どうだ、すげーだろ。と先輩は得意げに笑う。
鯛と同価値のものとは何か、聞こうかとも思ったがやめておいた。
先輩のことだ、どうせはぐらかされる。

どうやら調理もここでするようで、先輩はまな板と包丁を取り出して手際よく野菜を切りはじめた。
私は鍋のだし汁を、勘右衞門が火を用意したが、それもすぐ終わってしまった。
先輩は……と見ると、鯛の解体に取り掛かっていた。魚も捌けるとは、さすが先輩だ。



「あ、しまった。取り皿がねぇや」
「俺が取って来ますよ」
「おう頼む。あーっと、6人分な」
「誰か呼ぶんですか?」
「さすがに3人でこの量は多いからなぁ。三郎、不破と竹谷と久々知呼んでこいよ」
「……いいんですか?」
「鍋は大勢で囲んだ方が美味いだろ。小平太達呼んでもいいが、ちょっとなぁ…」



苦笑する先輩に、確かにそれはまずいと頷いた。
七松先輩が参加した日には、絶対戦争になる。
鯛をすべて掻っ攫われて、ネギくらいしか食べれなくなる。
だけども私達4年生にも大食いが多いから、結局誰が参加しても取り分が怪しくなりそうだ。

それよりも3年生を誘った方がいいと思う。
平滝夜叉丸がうるさいのが難点だが、鍋を囲むには問題ないだろう。主に私の取り分が。
どうです?と先輩に提案すると、



「あー、3年は明日から実習らしいからなぁ」
「誘ったりしたらまずいですね」
「だろ?だからさっさと呼んでこいよ」



先輩に背中を押されて渋々部屋を出る。
雷蔵も八左ヱ門もかなり食べるし、兵助は豆腐を大量投入したがる。
先輩は笑って許すだろうが、少しばかり気に食わないのだ。

まあでも、先輩と雷蔵たち、両方一度にいるというのはなかなかない。
大いに楽しめそうだ、と遠目に見つけた雷蔵目がけて走り出した。



***



「先輩、連れて来ましたよ」
「おっ邪魔しまーす!」
「ご馳走になります」
先輩、豆腐持ってきたので使って下さい」
「おう、座れ座れ」



虫探しに行っていた八左ヱ門を見つけるために少々時間がかかってしまったが、どうやらちょうど良かったみたいだ。
鍋の中ではぐつぐつと具材が煮えている。勘右衞門が取り皿をはい、と回してくれた。



「腹一杯食っていいぞー。しめは雑炊だからな」
「はーい!」
「いただきます!」



まずは先輩から、と先輩にとってもらったあとには戦争だった。



「おほー!鯛が入ってる!」
「ちょっとハチ!ごそっと持ってかないでよ!ごそっと!」
「ネギ食べなよネギ!」
「なぁ、豆腐追加していい?」
「後にしろよ!」



ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てながら自分の分を確保していく私たちを、先輩は目を細めて見ていた。
まるで1年でも見るようなその視線にむず痒さを覚えながら鯛を頬張る。美味い。

食べ盛りの年頃が5人もいれば、みるみるうちに食べ尽くされた。先輩は残り汁へご飯を投入していく。
ちなみにご飯はあらかじめ準備しておいたらしい。さすが先輩。

ずずっと最後によそわれた雑炊をすすりながら、ふと気になったことを聞いてみた。



先輩」
「なんだ?」
「今日のこの鍋って、ただの思いつきですか?」
「んー?まあそうだなあ」



先輩はぐるりと部屋を見渡す。



「もーすぐお前ら5年だろ?」
「そうですね」
「俺らは6年になるわけだ」
「はあ」



当たり前のことを言う先輩に気の抜けた返事を返す。



「当然6年になったからには、それぞれ各委員会の委員長になるわけだが、違うところもある」
「……生物委員会と火薬委員会ですか?」



そう、と先輩は頷く。
上級生ともなれば、そのほとんどが委員会を変えることなく続けていく。
知識や技術が必要になってくるためだ。

だから今の5年生も進級すれば自然と同じ委員会へ入っていくだろう。



「生物と火薬は5年がいないからな。両委員長が卒業なされば、最上級生は竹谷、久々知、お前らだ」



いきなり名前を呼ばれたからか、2人の肩がびくっとはねた。



「委員長代理ってのはなぁ……めんどくせぇぞー?」



にやりと悪い笑みを浮かべる先輩。
そういえば先輩も委員長代理であるから、その大変さを知っているのだろう。
私たちにその姿を見せたことはないので、どの程度面倒なのかは想像もつかないが。



「普段の活動は別として、問題は予算会議だな」
「具体的に言うと?」
「部屋の準備、お茶くみ、それと後片付け」
「なんだ、簡単じゃないですか」
「いや、よく考えろハチ。あの予算会議の後片付けだぞ……?」
「げ」
「な?めんどくせぇだろ。しかも一つ下ってだけで、会議で発言しにくいからな」



まあ、小平太みたいに図太い神経してりゃ話は別だけど、と先輩は肩をすくめる。
けれどどう考えたってハチも兵助もそんなタイプじゃない。
今まで経験してきた会議では、型破りな各委員長たちが大暴れしていた。
来年委員長になるであろう先輩方を想像する。………2人とも、死ぬんじゃないだろうか。



「まあ俺も出来るだけ援護するがな、やっぱり最後の決断は委員長が下す」
「そう、ですね」
「だから今回の鍋は、そんな困難に立ち向かわなくてはならない後輩2人に対する激励みたいなもんだ」
「先輩……!」
「え、じゃあ俺らはいなかった方がよかったですか?」



2人のためだったら……と眉を下げる勘右衞門に先輩は
なに言ってんだ、楽しいことは楽しめる奴らと一緒だからこそ楽しいんだろう。と言った。

先輩、男前過ぎる……!先輩が先輩で、本当によかった。













ある冬の日の記憶