「あっ!」
「お?」
「にーちゃん!」
「よう、きり丸」



教室の2階から手を振った次の日。食堂でばったりときり丸に出会った。ラッキー。
ちょうどいつ会いに行こうか画策していたところだ。

本当は昨日のうちに会いに行きたかったんだが、なんだかんだと委員長の仕事をやらされて行く暇がなかった。
夜に行こうかとも思ったが、クラスの子らと親睦深めてる中に見知らぬ上級生が邪魔すんのもなぁ。

きり丸が学園に来たことですぐに会えるようになったのは嬉しいが、あんまり構い過ぎて「にーちゃんウザい」なんて言われたりしたらショックだし。寝込むぞ、俺。



「きり丸、何組になった?」
「は組!こいつら、同じ部屋なんだ」
「猪名寺乱太郎です!」
「福富しんべヱですー」
「6年ろ組のだ。きり丸と仲良くしてやってくれ」



自己紹介を聞きながら、きり丸の正面に朝飯を置いた。
「兄ちゃんとは一緒に食べない!」なんて、言わないよな……?ちらりと視線をきり丸に移すと、嬉しそうにしていたので問題ないだろう。よし。



「先ぱい!先ぱいって呼んでもいいですか?」
「いいぞ。俺も名前で呼ぶわ」
先ぱいは、きり丸のお兄さんなんですか?」
「おう」
「授業って、やっぱり難しいですかぁ?」
「んー、まあ色々だな。楽しいのもあるぞ」
「他の先ぱいってどんな方ですか?」
「おかしな奴ばっかりだよ。でも後輩にはそれなりに優しいから安心していいぞ」



上級生がもの珍しいのか、次々と質問をぶつけてくる。まあ入学したてだし、不安なことも多いんだろう。
つーか会って数分なのに、物おじしない子らだな。

きり丸はそんな俺達の様子をなんともいえない表情で眺めていた。
少し拗ねているようにも、寂しいそうにも嬉しそうにも見える。

……俺、兄弟いなかったからこういう時きり丸がなに考えてんのか想像しにくいんだよなぁ。
今はきり丸と兄弟だけど、父親ポジションも兼ねてるし。
兄ちゃんが取られた!って思っているなら良いけど、友達取られた!って思ったりしてたらちょっと凹む。



「きり丸」
「……なに?」
「楽しめそうか?」
「、うんっ!」



にかっと笑った顔は輝いていたので、満足して頷いた。



*****



忍術学園に入って、今まで休みの時にしか会えなかった兄ちゃんと毎日会えるようになったのはうれしい。でも、



先ぱい!」
「おう、どーした庄左ヱ門」
「これ見てください!」



兄ちゃんが、おれ以外の人と仲良くしているところを見ると、なんだかもやっとする。
兄ちゃんが庄左ヱ門の頭をくしゃくしゃとなでた。2人で楽しそうにしている。

いいなあ、庄左ヱ門は。
おれ、図書委員会じゃなくて学級委員長委員会に入ればよかった。
そうすれば兄ちゃんともっと一緒にいられたのに。



「どうした、きり丸」
「中在家先ぱい……」



しまった、今は委員会中だった。
思わず出たため息に、中在家先ぱいがじっと見つめてきた。

……そういえば、中在家先ぱいって兄ちゃんと同じ組なんだよなあ。



「中在家先ぱい、兄ちゃんっていつもどんな感じですか?」
か?」
「はい」
は……世話好きな奴だな」
「世話好き、ですか」



こくり、とうなずく。本の貸出表を確認しながら先ぱいは言った。



は、困っている人がいると、手を伸ばす。……そうでなくとも、気を配っている」
「……そうっスね」
「ある意味、母親のようだとも思ったこともある」
「兄ちゃんは……おれのかーちゃんになるって言ってくれました」



おれの言葉に、中在家先ぱいは首をかしげる。

ずっと前、おれと兄ちゃんだけになった時に言ってくれた。
兄ちゃんはおれが覚えてるだなんて知らないだろうけど。


―――きり丸のとーちゃんもかーちゃんももういない。
―――だから、今日からは俺がきり丸のとーちゃんでかーちゃんで、にーちゃんだ。
―――本当の親にはなれないけど、でも家族にはなれるからな。


きり丸、お前は一人じゃない。

うなされて飛び起きたあとは、必ず抱きしめながらそう言ってくれた。
いつも兄ちゃんはおれだけの兄ちゃんだったのに。
忍術学園で見る兄ちゃんは、おれだけの兄ちゃんじゃない。

そのことを中在家先ぱいに伝えると、先ぱいは怖い顔になりながら言った。



は世話好きと、言ったが、」
「はい」
「本人に、その自覚はないだろう。もうあれは性分だ」
「そうっすか……?」
は無意識に世話を焼く。だからこそ、慕われる」



頭にうかぶのは、兄ちゃんに頭をなでられた笑顔の庄左ヱ門。



「だが、そんなが唯一意識して気にかけるのが、きり丸」
「はい」
「……お前だ」



え、と声をもらした。そうだろうか。
庄左ヱ門に対しても乱太郎としんべヱに対しても、おれに対しても兄ちゃんは同じように優しい。
そこにちがいがあるだなんて思えない。



「去年までのは、長期休みの前には必ず町へ出かけていた。弟のために土産を買うのだ、と」


―――兄ちゃんは、帰ってくる度になにかを持ってきてくれた。


「春前のは、酷く浮かれていた。弟が学園に入るからこれからは毎日会えるのだ、と」


―――兄ちゃんは、最初おれが入ることを反対していた。でも、やりたいようにやれと言ってくれた。


「最近のは、授業中によそ見をしていることがある。弟が授業を頑張っているところを見ているのだ、と」


―――実技の最中、ふと学舎の方を見ると兄ちゃんと目が合うことがよくあった。兄ちゃんは必ず手をふってくれた。


「沢山の者に頼られる。は常に受け身だ。だが、お前にだけは、は、」



心配して、気にかけて、世話を焼こうとしている。



「……入学した日、はお前のところへ姿を現さなかっただろう」
「はい……」
「あの日のは、学級委員として多くの仕事を任されていた」



目を開く。知らなかった。

あの日、兄ちゃんは学舎の窓から手を振っただけで、その後は会いに来てもくれなかった。
おれは兄ちゃんに会いたかったけど、まだ知らない上級生ばかりの長屋へは行けなかった。
でも兄ちゃんなら必ず会いに来てくれると思ってたのに、兄ちゃんは来なかった。
おればかりが会いたかったのかな、と悲しくなった。



「仕事の合間に行こうとして、でもその度に頼まれて。6年の、学級委員はだけだからな、も簡単には断れず酷く苛立っていた」
「兄ちゃんが?」
「ああ。……ようやく仕事が終わった後も、うるさかった」
「なにがですか?」
「きり丸に会いに行きたい。でもこんな時間じゃ、友達もできただろうに邪魔になる。でも会いたい」



そんなことをわめきながら、部屋をうろついていた。
あれはうるさかったな、と中在家先ぱいは言った。
想像もつかない。いつも落ち着いていて、かっこいい兄ちゃんがそんなことをするなんて。



「きり丸」
「はい」
が一等大切にしているのは、お前だ」



わかっただろう、と中在家先ぱいは目を細めた。













満ちる花