大海賊時代が幕を開けてから数十年。かの海賊王が遺した言葉により、ワンピースを求め様々な海賊 が世界で跋扈していた。数々の猛者達が夢を見、そして破れていく中、ついに一つの海賊団がワンピ ースへと辿り着く。粒揃いの強者が集うその海賊団の船長は、ワンピースを見つけた後、全世界に向けて声明を出す。



「ワンピースはある!オレがまた隠した!」
「欲しい奴は探してみろよ」
「しししっ、ワンピースはすんげぇぞー!」



2代目海賊王が誕生し、一時は落ち着いたかに見えた海。しかしこの言葉が契機となり、再び野望を 抱いた海賊達は海へと繰り出した。そう、確かに存在する、ワンピースを求めて。


時は夕刻、ローグタウンのとある酒場にて。少しばかり時間は早いものの、すでに出来上がった男達 がそこで飲んだくれていた。極上とはいかないまでも、値段相応には美味い酒と美味い飯。これから グランドラインに繰り出そうという海の荒くれ者達は、ここまで無事に来れたことへの祝杯と、そし てこれからの航海に期待を寄せ、陽気に騒いでいた。酒を飲みながら交わす会話は様々。だが一様に 明るい顔をしているのは、やはりここ、始まりと終わりの街に来ることが出来た喜びからだろう。1 0年ほど前までは、とある大佐によって海賊のほとんどいなかったこの街も今では海賊の登竜門とで もいえる場所。グランドラインへ繰り出そうという海賊達がぞくぞくと上陸する。すなわちこの街の 喧騒はそのまま海賊の多さへと比例している。そんな賑やかな街の酒場の中でも、一際目立つ男がい た。酒場の中央のテーブルを一人陣取る青年は、ジョッキを片手に饒舌に語っていた。内容を聞く限 り、どうも冒険譚らしい。青年の声はこの騒がしい中でもよく通った。周りの席の男達は、自然とその話に耳を傾けている。



「そう、そこで海流が突き上がった!ノックアップストリーム!ありゃあ船が壊れるかと思ったが、 そこは特別仕様されたオレ達の船だ。壊れることなくそのまま突き上がる海流に乗り、空を飛んだのさ!」
「空を飛ぶだあ?そんなことありえねーよ!」
「いいや、飛んだ!そしてオレ達が辿り着いたのは、上空1万メートルにある空島スカイピア!スカ イピアではオレたちの想像もつかないような暮らしをしていた。なにせ雲を加工して使っているんだ からな!しかし重要なのはそこじゃあない。空島はとある男…いや、神の支配下にあったのだ!だが オレは神をも恐れぬ勇敢な海の戦士!尻込みする仲間を叱咤し、敵へと立ち向かった!オレ達の前に 現れたのは神、ゴット・エネル率いる四神官!だがしかぁし!オレは果敢にもその神官に立ち向かい、そして打ち破った……」



大袈裟な身振り手振りで語る青年の話は、法螺だとわかっているのになぜか面白い。酒場の男達は茶 々を入れながらも話を聞いていた。特徴的な長鼻を時折自慢げに反らしながら青年は続ける。物語は やがて、青年が仲間と散り散りになった時のことへと移っていった。



「それまでいくつも恐ろしい経験をしてきた勇敢なオレだが、あの時ほど恐ろしいものはなかった……」
「化け物でも出たのか?」
「化け物?ああ出たさ……そう、オレが行ったのは、グランドラインのボーイン列島にある、おいは ぎの森グリンストン!襲いくるは動物植物そして島!しかしやられるだけのオレではないっ!敵をち ぎっては投げちぎっては投げ、血を吐くような修行し続けること約2年……。仲間と再会したオレは 、誰よりも強くなっていた!みんながオレを褒めたたえ、その強さに感動した。クルーの一人に言われたね、」



お前がいなけりゃこの海賊団はやっていけないぜ、ってな。ポーズを決めながらそう続ける青年。あ まりにも自信げに言うものだから、こころなしかただでさえ長い鼻がよけい長くなったように思える 。滑稽な話に、酔っ払い達の野次が飛ぶ。なにせこの青年、とてもじゃないが海賊には見えないのだ 。話の中の青年は、海賊団一の強者にして名狙撃手。だがしかしどう見たところでただの町人といっ た様子だ。確かに身体付きはしっかりとしているようだが、その風貌は荒事に向いているとは言い難 い。むしろ喧嘩一つで顔を青くして逃げ出しそうだ。だからだろう、青年に向けて揶揄混じりの質問が飛んだのは。



「馬っ鹿じゃねぇのか!グランドラインに入って新世界にも行ったってのに、なんでローグタウンなんかにいんだよ!」
「そーだそーだ!嘘言うならもっぺん勉強して出直してきなぁ!」



囃し立てる男達。馬鹿にされているとわかっているだろうに、青年は楽しげに笑った。



「もう色んなところをまわったからな、今は逆走して世話になった奴らに挨拶中ってわけだ。ちなみにここへはうちの音楽家の仲間に会いに来たんだ」



心底楽しそうに笑いながら言う青年の答えに、毒気を抜かれたかのように男達は黙り込んだ。青年は そんな様子を気にすることなく、またもや冒険譚を展開させていく。空の話をしたかと思えば、今度 は海の底、魚人島の話だ。よくもまあこれだけ法螺を吹けるものだと酒場のマスターはこっそり苦笑 した。と、その時。ぶち破らんとばかりに勢いよく扉が開き、一人の女が飛び込んできた。オレンジ 色の髪をなびかせた美女の登場に、男達が色めき立つ。おいお前声かけろよ。いやお前行ってこいよ 。そんな牽制とも尻込みともとれる会話をかわしながら、女に話かけろタイミングを図る男達。そん な中、髭面の男が一人立ち上がった。



「おいねーちゃん!オレァと飲まねぇかぁあ!?楽しいぜぇー」



横を通る女は、聞こえているはずなのに男の誘い文句なぞ歯牙にもかけない。振られたと分かるや否 や、酔っ払い達はすかさず髭面の男へ揶揄を飛ばす。それを皮切りに男達は一斉に女へ声を掛けはじ めた。こっちのテーブルにこいよ、一緒に飲もうぜぇ!お嬢さん、静かな場所へ移動して二人で飲ま ないか?それよりも俺らの船に来い!楽しいことしようぜぇー。ぎゃはははは!下卑た笑い声が上が る。しかしそんな喧噪などものともせず、女は誰かを探しているようで、忙しなく辺りを見回した。



「いた!ウソップ!」



すぐに発見したのか、女は大声を上げながらある一点を指差した。美女に探される男とはいったい誰 だ?とその指の先へと視線が集中する。そこはに女の登場に気づかず、一人で語り続ける青年の姿が 。女がツカツカと勢いよく歩いていき、目の前に立つと青年はようやく気がついた。




「あれ、ナミじゃねぇか。どうかしたのか?」
「どうしたもこうしたもないわ!今すぐ出航よ、急いで!」
「んだよ、せっかくいいところだったのによぉー」



ぶつぶつと文句を言いながらも青年は逆らうことなくマスターに金を払う。彼らの力関係が窺える。 そんな一連の動作を眺めていた客の一人が、ふと思い出したかのように声を漏らした。



「なあ、あの女……」
「どうかしたのか?」



疑問符を浮かべる男の背後にはいくつもの手配書が貼られており、そしてその一枚はまさに、今し方 やって来た美女そのもの。しかも、世界で一番有名な海賊団であるクルーの手配書だ。自分の眼を疑 い、首を勢いよく振りながら手配書の写真と女を比べるが、大した違いは見られない。たらり、冷や 汗が流れる。そんな相方の妙な姿に、なぁと声をかけようとしたその時。再び勢いよく酒場の扉が開 き、海賊にとって天敵とも言える海兵達がなだれ込んできた。気付いた海賊達は一様に動揺し、あわ てふためきながら武器を手に掛ける。しかし、いくら海賊といえどもまだグランドラインにも出てい ない、金額で言えば数百万ベリー程度の男達。この人数では勝てないかもしれない、といくらかの海 賊が顔を青くする。だが海兵達はそんな彼らには目もくれず、中をぐるりと見渡し今回の標的を確認 する。そして先頭の海兵が高らかに叫んだ。



「見つけたぞ!泥棒猫ナミとそげキングだ!」
「相手は麦わらの一味だ、油断するな!」



海兵のその言葉に、酒場にいた海賊全員が動揺した。この中に、あの海賊王麦わらのルフィのクルー が?麦わら海賊団といえば、海軍にも政府にも世界貴族にも喧嘩を売り、そのクルーといえば一人ひ とりが海軍大将クラスという。圧倒的人数差にありながら、海軍本部を壊滅状態にまで追い込むとい う実力。いったいどこにそんな恐ろしい奴が!?海兵達が来たとき以上に顔を青くする。恐る恐る辿 った海兵達の視線の先には、先程の法螺吹き男と美女の姿が。まさか!と笑い飛ばそうとするも、当 の彼らの会話がそれを裏付けた。



「ああもう!見つかったじゃない!」
「海軍に追われてんだったら最初っからそう言えよ!」
「うっさいわね、呼びに来てあげただけでも感謝しなさいよ!いいから逃げるわよ!」



慌ただしく声を上げながらも駆け出していく。銃口を向けられても怯まず去っていく様子を、酒場の 男達はただ見送った。すぐさま二人の後を海兵達が怒号を上げながら追い、酒場は再び海賊達だけになった。そして数瞬後。



「はああぁぁぁあ!?」



顎が外れそうなほど口を開け、眼が飛び出さんばかりに絶叫した。絶叫の中、マスターは



「あれは法螺じゃなかったのか……?」



呆然と一人、呟いた。













灰吹きから蛇が出る