「あんたなんか……あんたなんかっ!」
「ぐっ、あ゛……がぁっ…」



ごぽり、と口の端から鮮血が溢れる。

時折霞む目で腹を見やると、鮮紅色の液体があの子の手の動きに合わせて吹き出る。
ああ血か。
なんて、こんな状況にもかかわらずなんだか冷静な自分に思わず苦笑する。



ごぽり、血が溢れる。



ああもう、至る所から文字通りの出血大サービスよ!
そう内心でごちるあたしのわずかな表情の変化にも気がついたあの子が、苦しそうに顔を歪める。
ちょっとちょっと、どっちかというとあたしの方が顔を歪めたいわよ。
刺されて苦痛を味わっているのはあたしの方よ?
まあ感覚はもうとっくに麻痺してるから、けだるい虚脱感があるだけで痛くはないんだけどね。
うん、もしかしなくても神経やられてるかも。
まあどっちにしろ、ここまで血を流してるんだからもう命は助からないんだろうな。

きちんと学んだわけじゃないからそこまでの医学的知識はないのだけれど、
なんでだろう、感覚的にもう自分が助かることはないのだとわかる。
もしかしたら、本能で察知してるのかな?もう死期だって。



「あんたは、、いつもいつもいつも!そうやって私のことを嗤ってたんでしょ!?馬鹿にしてたんでしょ!?」
「ぅ…ちが……ッは…」
「違わない!………いつもそう。
 頭のいい、優等生だったは隣にいた私のことを自分より劣っている引き立て役として一緒にいたんだ!
 私だって、私だって頑張ってるのに!努力してたのに!お父さんだって!お母さんだって!……っあの人だって!!
 みんなみんな、私のことなんか気にも留めない。所詮私のことなんかのお飾り程度にしか見てなかったのよ!」
「…………」
「あんたさえ、あんたさえいなければっ!」



ああなんだ、そんな理由であたしは刺されているのか。
長年付き合ってきたけど、そんなこと思われてるなんてちっとも気がつかなかったわ。
ごめんね。

でもあたしはあんたのこと好きだったんだよ?
たった一人の親友。
それこそ、姉妹のように仲の良いつもりだった。
――今となっては、それはあたしのただの思い込みなのだとわかったけど。

走馬灯のように思い出す、今までの楽しかった思い出。
あ、もう死ぬんだから、走馬灯の"ように"じゃないわよね。
その思い出の中には必ずあんたがいた。
こんなにも長い間一緒にいたのに、ちっともあんたの思いに気付けなかった。
親友失格だわ、あたし。
ほんと、ごめんね。


、享年26歳。
20年以上の付き合いがあった親友に包丁でめった刺しにされ死亡。
その人生に幕を閉じたはずだった。






が、




「おぎゃぁぁああ!!」
「生まれました、元気な女の子ですよ!」
「おおっそうか!よくやったぞ、ヒノエ!」



現在進行形で赤ん坊をやっているのはなぜだろうか……?
輪廻転生なんてものは信じていないけれど、 あたしが生まれて間もない赤ん坊をやっているのは覆しようもない事実だ。


なんで?


赤ん坊のあたしを抱いているのが、母親らしき人。
ということは、近くでいっそウザいほどむせび泣いているのが父親なのだろう。
にしてもかわいい奥さんとは裏腹に厳ついオッサンだなぁ、おい。



「おぎゃぁあ!」(なに!?なんなのよこの状況!)
「よしよし、元気がいいわねぇ」



激しく混乱しまくるあたしをよそに、笑顔で話しかけてくる女の人。
産後は疲労困憊状態だろうに、意外とお元気ですね。
あぁ桃色の髪の毛が素敵です……って違う!

え、あたしさっき刺されてたよね?
もうこれでもかってくらいめった刺しで。親友に。
え?は?なんであたしが赤ん坊?
意味わかんないんですけど。



「おぉ、よしよし」



ていうか揺らさないでください……眠気が…



「あらあら寝ちゃったのね。ふふふ……今日からよろしくね、私たちの赤ちゃん」





+ + +





赤ん坊は寝るのが仕事というが、まさにその通り。
あたしは一日の大半を寝て過ごした。
寝る、起きる、母乳、寝る、起きる、母乳のひたすらの繰り返しだ。
要所要所でおむつ替えなんかもある。
まさにみんなの憧れ食っちゃ寝生活!

そのおかげなのか、今の状況を把握して頭の中を整理するまでに一ヶ月かかった。
かかりすぎだろう。
まあそれも、自分の置かれている立場をあたし自身が受け入れるのに役立ったので寧ろ好都合だったといえよう。

寝たり起きたりを何回も繰り返しながらゆっくりと、時には食事をしながら 少しずつ考えていったので、それだけ受け入れることが比較的容易にできたのだ。
―――ちょっとばかりパニクって、大声で泣き叫ぶこともよくあったけどね。
まあそれは一般的な赤ん坊基準でいくと普通のことなので良しとしよう。
むしろ泣かない赤ん坊がいたらびっくりだ。

そしてその結論、どうやらあたしは異世界―――NARUTOの世界へと生まれてきたらしい。
断わっておくけどあたしは決して電波な人間じゃないから!
自分を特殊で特別な人間だと思い込むほど、自惚れ屋でもイタイ人でもないから!
って誰に言い訳してんだろ……。

はじめて元いた世界――日本ではあり得ないであろう異常事態に気がついたのは、 生まれてから一週間ほどたったある日のことだった。
あたしがうとうとと眠りから覚め、うっすらと目を開いたとき父親がすぐ目の前にいた。
デレッと緩みきった顔でカメラを持ち、ファインダーをこちらに向けて。
しかもそれは天井に足をつけて立っている状態で、だ。
あまりの衝撃に思わず大声で泣き叫んでしまい、 サツキさんがヒノエさんに怒られたことはいうまでもない。


最初は中国雑技団か何かかと思った。
うわ、天井に足引っ掛けてぶら下がるなんてすご!ていうかここって日本じゃないの?って。
だっていくら何でも自分が転生した先が異世界だと思い込むほど、 あたしはぶっ飛んだ思考回路を持ち合わせてはいない。

が、その考えはすぐに否定された。
あたしを抱きながら話している両親の口から、 『火影様』だの『雲隠れ』だの『チャクラ』だのと聞き覚えのある単語が飛び出してきた。

そして決定打に街の風景。

額宛をした人がいたんだよ!
ちくしょう!確定したも同然じゃないか!

言っておくけど、あたしは別にオタクでも腐女子でも何でもない。
普通の一般人だ。
ではなぜ、普通のOLが知らないであろうNARUTOのことを知っていたか?

答えは簡単。

あたしのことをめった刺しにした親友が出版社に勤めていて、担当がNARUTOの作者だったのだ。
何気にすごい。


そのせいか、漫画の裏話や未公開の生原稿までNARUTOに関するありとあらゆることを教えてもらった。
最初のうちは担当を持てた喜びからか興奮気味に、そのうちに時々眼の下に隈を作りながら愚痴っぽく。

まあ愚痴くらいは聞くんだけど、その他の細かい設定だとかをついでにと言いながら事細かに教えてくれた。
幸か不幸か、無駄に記憶力の良いあたしはそんじょそこらのオタク達よりは詳しい自信がある。


それで……うん。
問題なのはここからなのよ、うん。

母の名前はヒノエ、父の名前はサツキ。
厳つい顔に似合わずかわいらしい名前よね。


そして……あたしの名前はサクラ。
苗字は春野、だそうだ。



そう、あたしはどうやらNARUTOでのヒロイン的ポジション、 ―――春野サクラに生まれ変わってしまったらしい。



なんてこった!

どうせNARUTOの世界に生まれ変わるにしても、通行人Aとか町人その1とかでよかったのに!
よりによって、危険の多いこんな役回りだなんて………ジーザス!













となり合う幸せと不幸せ