ここはどこ?

目が覚めたらそこは不思議の国でした。って今時そんな物語は流行らない。
まあ待て。とりあえずは落ち着こう。
あたしの名前は?


大丈夫、記憶喪失にはなってない。
職業は花火師で、今日も材料を片手に工房へと向かう途中だったはず。
工房は森の中。
現在地も森の中。
でも、あたしの知っている森じゃない。
なぜなら目の前に……



「おおっ!それはまことに風流な服であるな!」



妙な孔雀頭の美形男子がいるからだ。
なに、この人。
言っちゃ悪いけど、頭は大丈夫なのだろうか?



「ふむ。風流を理解する者よ、そなたの名は?」
だけど……」



こんな変な人に名前を覚えられたら困るし、ちょっとばかり言い渋る。
とは言っても、周りにはこの人以外に人がいない。
道を聞こうと思ったら、印象を悪くするわけにはいかない。



「おお!風流を理解する者は、名も風流なのだな!ふむ。この彩雲国広しといえど、そんな名は初めて聞くな」
「………サイウンコク?」



え、今更だけどここ日本じゃないの?
まぁ確かに目の前にいる孔雀頭君の服装は、ちょっとばかし中国風だけど……



「なんと、は異国の者であったか!」
「……ええ、多分そういうことになるわね」



ちょっと待て…まさか、これが噂に聞く瞬間移動なるものなのか?
あたしってそんな特技あったっけ?
それとも知らない間にどこ○もドアをくぐっちゃったとか…?

まあとにかく、帰らなくちゃならない。
日本大使館にでも連れて行ってもらえば、なんとかなるだろう。



「えっと……君、名前は?」
「藍龍連という」
「龍連ね?あたし迷子みたいなの。だから日本大使館に連れて行ってもらえないかな?」
「にほんたいしかん、とは何だ?の国の名前か?」
「え、知らない?あー…じゃあジャパンって言ったら通じる?」
「わからん」



………え。
日本って一応先進国の一つだよね?
もしかして、かなりの田舎?



「じゃ、じゃあアメリカならわかるわよね?」
「あめりか?……ふむ、赤々しい感じの名だな。の友か?」



……あ、赤々しい?というか、本当に知らないみたいね。
あれ、でもあたしたちって今日本語で話してるわよね……?
あたし英語なんてちょこっとしか話せないし。

―――もしかして、もしかすると……



「龍連。ここから街って、見える?」
「む?見えるぞ。あちらの方角だ」



見えたのは完璧な中国風の街。
車が走ってるわけでもなく、コンクリートの地面があるわけでもない。
あ、井戸。……水道も通ってないのか。

…………一体ここは、どこなのよ!



「龍連、ちょっと、聞いてもいいかな?
「なんだ?」
「ここ、どこ」
「うむ、ここは彩雲国の紫州、貴陽だ。ちなみにこの山は龍山という、実に風流な山だ」
「丁寧な説明ありがと」



今の説明を聞いて、やっとわかったことが一つ。





現在地、異世界。





「………はぁ」
「む、どうした?
「ちょっとばかり、困った事態に陥ったのよ」
「困った事態?」
「うん。えぇっと……そうだな、迷子+家無し+無一文の最強コンボ」
「コンボとは何だ?」
「あー、組み合わせってことよ」
「おお、そうか!は風流な言葉をたくさん知っているのだな!ほかには何かあるのか?」
「一応あるけど……」



風流な言葉って……ただの外来語なんだけどなぁ。
ま、いっか。



「それでは、私に教えてくれ。もちろん、風流には風流で礼をするぞ?」
「教えるのはいいんだけどさ、風流じゃなくて服を貰えないかな?」
「そんなものでいいのか?」
「うん、お願いできる?」
「風流を理解する者同士、遠慮は無用!」



よかった。格好と風流発言はちょっとおかしいけど、龍連は意外に親切な人だ。
あ、そうだ。



「ね、龍連。あたしにばっかり色んな事をやってもらってちゃ、割に合わないわ」
「気にすることはない」
「あたしが気にするの」
「む」
「それでさ、龍連ってば風流が好きなんでしょ?だからとびっきり凄いの、見せてあげる」





+++++++





「おおっ!これは凄い!実に風流だなっ」


夜になって、持っていた花火を手渡した。
打ち上げ花火ではなく、普通に市販しているような、手持ち花火だ。
本当は打ち上げ花火をやってあげたいところだが、あいにくここには打ち上げ台がない。
それはまた今度、ということで。

予想していた通りここ、彩雲国には花火というものがないらしく龍連には大好評だった。
……はしゃぎまわっている姿は、まるで小さな子供みたいだ。



、これは何というものなのだ?」
「花火っていうの。あたしの国じゃ、夏の風物詩よ」
の国は素晴らしいな!実に風流だ!」



風流だ風流だと、しきりに叫ぶ龍連に、思わず苦笑する。
むしろこれは口癖か何かだろうか?
既にに何度も聞いている単語だ。



「龍連ってば、本当に風流が好きなのね」
「風流は素晴らしいからな!おお、そうだ。、花火のお礼だ。私の風流な曲を聴くがよい!」



そう言って、どこからともなく取り出した横笛を吹き始めた。
あたりに響く笛の音。
この音、曲調。まるで、



「ベートーベンじゃん」



龍連の吹く笛の音は、ベートーベンの"運命"そのものだった。
……でも、この国にベートーベンなんかないはずよね?
だって異世界だし。

ということは、龍連はこれを独学で作曲したってことか。
龍連が一通り吹き終わり、満足したところで声をかけた。



「凄いわね、龍連」
「おお、はこの風流さを理解してくれるのか」
「風流かどうかはともかく、この曲を作った龍連はすごいと思うわ」
「フッ。そうか、にもこの良さがわかるのか……よし、のことは"夜空の君"と呼ぶことにしよう!」
「夜空の君?それは光栄ね。でもできれば名前で呼んでほしいかな?」
「む……考慮しよう」



龍連の様子に、思わずふっと笑う。
わかりにくいが、どうやら龍連の友達というポジションを手に入れたらしい。
ここに来て、初めての友達だ。


(そういえばあたし、知らない場所に来たっていうのに、あんまり動揺してないな)


最初はどこかの国に瞬間移動したのかと思った。
けれどもそれはすぐに否定され、
現在地が異世界――知り合いも何もいない全く未知の場所――であることが判明したにもかかわらず、
あまりにもあたしは落ち着いている。


(あの世界に……未練がなかったのかな)


先ほどの続きを吹いている龍連を見ながらぼーっと考える。


(まあ確かに、肉親や親しい友人がいたわけがないからしょうがないかもしれないけど……)


そう、あたしは孤児だ。
花火師であった祖父――もちろん血なんか繋がっていない――に孤児院から引き取ってもらい、今まで生きてきた。
だが、その祖父も三年前に亡くなり、天涯孤独の身になったあたしは森の中でひっそりと暮らしていた。

―――寂しくは、なかった。

花火師として、黙々と花火を作っていく生活。
ほぼ自給自足な毎日だったが、それなりに楽しかった。
あたしは、それでよかった。
花火だけを作りながら、人生を終わるつもりだった。
その生き方を選択したことに後悔はしていないし、するつもりもない。


(だから気にしていないなろうな。この状況)



「夜空の君よ」
「ん?」
「夜空の君はこれからどうするのだ?」
「そうね……適当にお金を稼いで、この町のどこかに住むつもりよ」
「ふむそうか……ならば、困ったことがあったらすぐに呼ぶがいい。のためだ、すぐに駆けつけるぞ!」
「ありがとね、龍連」
「礼など無用!風流を理解する者同士、共に頑張ろう」
「そうだね。また会ったら、その時はもっとすごい花火を見せてあげるから楽しみにしててね」
「そうか!風流なものを期待しているぞ。それでは、また会おう!」



ぴーひょろろーと、今度はモーツァルト風の曲を吹きながら去って行った。
……どのくらい曲のレパートリーがあるのか、今度聞いてみよう。


(なんだか台風みたいな奴だったわね)


なかなか楽しかったこの時間を、もう一度過ごすことのできるようにあたしも頑張らなくちゃな。



「さて、と」



とりあえずは睡眠だ。
明日に備えて眠らなくてはちょっときつい。
なんせ明日からは就職活動だ。
祖父がまだ健在のころ、色々なバイトをやったことのあるあたしだが、それがこの世界でどれだけ通用するのかわからない。
頑張らなくちゃ。













明日を上手に生きるには
(ああ、月が綺麗だ)