「気がついたら見知らぬ場所にいた」とか、そういう出だしの小説を見かけたことがある。で もあたしはそれって変だって思ってた。だってさ、普通周りの景色が変わってたら気づくじゃ ん?気づいたらって言うけど、絶対に何かきっかけはあったはずだし。ありえないよね。主人 公どんだけ鈍いのよ。………とかさ、思ってたけど、そんなことなかった。だってほんとに「 気づいたら」だったんだもん。あたしは学校に向かってる途中で、普段通りだった。遅刻しそ うだったわけでも、いつもと違う道を通ったわけでもない。あたしの横には友達がいたし、周 りには同じ学校の人たちもいた。いつものようにおしゃべりしながら歩いていて、そうして、 「気がついたら見知らぬ場所にいた」んだ。
目の前にあるのは日本庭園ってやつ。前に修学旅行でいった京都のお寺の庭に似てる気がする 。見慣れたアスファルトとブロック塀は、木張りの床と障子になっていた。なんかおばーちゃん家みたい。



「……ここ、どこ?」



現実逃避したってしょうがない。思わず漏れた呟きに、あれ?と違和感。



「あーあーあいうえおー」



……声、おかしくない?あたしってこんな声だったっけ。自分の声なんてあんまり意識したこ とないけど、なんか違う。あと、あれだ。なんか目線低くない?床が近い。てゆーか制服着て たのになんで着物?カバンはどこいった。え、手ぇちっちゃくない?髪も短くなってんじゃん。え、ありえなくね?



「……ありえなくね?」
「晋助さん?どうかしましたか?」
「………え?」



誰だこの人。珍しい、今時着物だよ。美人さんだし。ってかシンスケって誰よ。きょろきょろ 辺りを見渡しても誰もいない。え、あたし?いやいや、いくらなんでも男に間違えられるよう な顔つきしてないし。髪長いし、軽くだけど化粧してるし。てか女子高生の格好してんじゃん 。……違った、今着物だ。でもだからってどうやったら男に間違えられんのよ。変態か。



「晋助さん?さあ手習いの時間ですよ。早くしないと、先生がお待ちかねです」
「え、あ?………ええ?」



抵抗する間もなくずるずると引きずられて部屋に放り込まれる。そしてあれよあれよと筆を握 らされ、習字をやらされた。しかも行書体。解読不能だし。先生らしき人にこの状況について 聞こうとしたが、口を開いた途端に文鎮が飛んできた。超怖い。1時間ほど経ってようやく終 わったと思ったら、次は道場で剣道が始まった。先生は熱血過ぎて質問に答えてくれなかった 。人の話を聞かない人種だ。誰かあたしにこの状況説明して……!





なにかのはじまり






神様的な人が現れて説明を受けたりすることなく、あれから2年が経った。2年でわかったこ とは、実はあんまりない。あたしはどうやら「晋助くん」という現在7歳の男の子になってい るみたいだった。家はお金持ちで、晋助くんは一人息子。お母さんは薄幸系な美人さんで、お 父さんは2、3ヶ月に一回家に帰ってくる家庭に無関心な人。家が何県に建っているのかは知 らない。だってあたしは毎日何かしらの習い事をしてるから超忙しいし。たまに空いた時間が できるけど、その時にはお母さん……母上の話し相手になる。母上は美人薄命そのもので病弱 だから、あたしとの触れ合いが何よりも楽しみらしい。ここが何なのかはよくわからない。帰 りたいけど、何をしたらいいのかわからない。だってここ、明らかに現代日本じゃないんだも ん。江戸よ江戸。タイムスリップだわ。たぶんだけど。



「晋助さん、先生がいらっしゃいましたよ」
「はい」



いつも通りに始まった習い事。2年もあればミミズののたくったような字も読めるようになっ たし、剣道は肉体的に年上の子相手でもたまに勝てるようになった。晋助くんハイスペック。 ほかにも茶道や笛、琴、生け花から始まり写経や目利きまでもやらされた。全部御祖母様の言 い付けらしいけど、いったいあたしをなんにしたいんだろ。晋助くんまだ7歳なのに。毎日が ほんとに忙しいから、いっそぐれてやろうかとも思ったけど、非行に走れるものがなんにもな かったからやめた。ゲーセンもケータイもないしさ。この時代の子ってどうやってぐれてんだろ。気になるなあ。



「ねぇ、晋助さん」
「なあに?」
「毎日手習いばかりで疲れるでしょう。たまにはわがままを言ってもいいのですよ?」
「わがまま……」



うーん、わがままかぁ。テレビ見たいし買い物したいしカラオケとか行きたいけど、到底無理 だよね。ってかこの時代にどんな娯楽があるんだろ。家にいてもよくわかんないし……。あ、そうだ。



「母上、あの……ともだち、とか」
「ともだち?」
「あ、でも遊ぶ時間がないか」
「……大丈夫ですよ、母が頼んでみましょう」
「ほんと!?」
「ええ、晋助さんの初めてのお願いですから」



にっこりと微笑む母上。相変わらず美人さんだね!宣言通り、母上は父上と御祖母様に進言し てくれたけど、二人ともあんまり乗り気じゃないみたい。母上はノリノリなのにね。とりあえ ず、有名な先生がやっている私塾を探してくれるって。友達が欲しいって言ったのに探してる のが塾とか、友達の意味が違うと思う。このままじゃ晋助くんの行く末が心配だなぁ……。