あたしは家に帰った後、ご飯も食べずに一人部屋で考えていた。確かにタイムスリップしちゃ ったわりには変だなーとか思うことはいろいろあったけど、まさかここが漫画の中で、しかも あたしはあの高杉になってるなんて……!もうやだ、信じらんない。意味わかんないし。神様 はあたしにどうしてほしいわけ?ていうかあたし女で高杉は男じゃん。確かに漫画は好きだっ たけど、高杉なんて超危険人物になりたいとか思ったことないのに。なるんだったらせめて通 行人Aとか野次馬Bとか生徒Cとか、そういう立ち位置がよかった。こんな役回り、あたしには絶対向いてないのに。



「なんで……」



なんで、あたしなんだろ。高杉って言えば攘夷戦争で銀さんたちと一緒に戦って、仲違いして 、お祭りの時に騒ぎ起こしたり、妖刀紅桜でなんかやったりするじゃん。いわば敵役。しかも 超カッコイイやつ。あたしにそんなのやれって言われたって無理だもん。絶対無理。……え、 でもさ、ちょっと待って?高杉がいたからこそ成立してたことってあるじゃん。お祭りの時は 高杉がやらかしたから源外さんと銀さんが知り合うんだよね?だからそこからいろんな人と人 が繋がってくるじゃん。たまだって源外さんがいたから直ったわけだし。そういうのって紅桜 篇でもあるよね。ていうことはさ、高杉が、つまりはあたしがちゃんと原作通りに行動しない とダメなんじゃないの?そうしないと救われない人っているよね?銀さんと関わったから助け られた人だっているんだよね?え、どうしよう。あたしが原因でこの世界が壊れちゃう?どう しよう。そんなのダメだ。あたしは高杉に、高杉晋助にならないといけない。

次の日から、あたし……違った、俺は早速行動に移った。




「今日は早いな、晋助」
「……別に」
「どうした?機嫌が悪いな」
「どうもしねーよ、ヅラ」



散々悩んだあげくにたどり着いた高杉の口調で、仏頂面をしながら応えた。そんなあたしの態 度にきょとん、と小太郎の動きが一瞬止まる。ま、間違ってないよね?高杉ってこんな感じだよね?



「ぎ、銀時ィィ!キサマ晋助に何を吹き込んだァァア!」
「知らねぇよ」
「晋助が反抗期になってしまったァァア!」
「うるせー」



騒ぐ小太郎に気が付いた先生が、どうかしましたか?と近づいてきた。……確か、高杉は松陽 先生には懐いてた気がする。じゃあ昨日までのあたしみたいで大丈夫だよね。ていうかもう! 一人称変えるのって難しいわ!すぐあたしって言っちゃうし。男口調もすぐできないし。やっ ぱり慣れ?慣れしかないよね………がんばろ。





最初に一歩






高杉になろう宣言から1週間。とりあえず、高杉らしく振る舞うことは板についてきと思う。 話すときの一人称は俺で統一できるようになったし、口調もぶっきらぼうな感じで喋ってる。 まだ油断すると戻っちゃうけど。



「晋助さん」
「なあに?母上」
「これ、良かったらお友達と一緒に食べて下さいな」



にこにこと笑いながら風呂敷を差し出してきた母上。中は何かなー。………おはぎだ!やった !あたしが塾で友達と仲良くやれるようにって作ったんだって。ちょー素敵だよ!母上にあり がとう!と言って今日も塾へ向かった。おやつ確保!きっと小太郎も喜ぶよね。



「ヅラ、銀時おはよう」
「ヅラじゃない、桂だ。何やら今日は機嫌が良いな」
「母上にこれもらった」
「……甘い匂いがする。団子か」
「違う、おはぎだ」



でも成分は似たようなものかな。両方ともあんことお餅使うし。銀時の鼻、侮り難し。先生が くるぞ、という他の子の声を聞こえたので2人に一言いってからそそくさと席へ向かう。教科 書を用意して正座すれば、これで準備はおっけー。先生早く来ないかなぁ!



「なぁ」
「なに?」
「それ、いつ食べるんだよ」



あ、しまった。今のは「あ?」とか「なんだ」って応えるところだ。銀時が急に話しかけるか ら間違えちゃったじゃん。気を取り直して答える。



「授業が終わったらだ」
「俺も食う」
「あと小太郎もな」
「なんでヅラも一緒なんだよ」
「だって母上はお友達と一緒に食べなさいって言ってたし」



そう言うと銀時は目を見開いた後微妙そうな顔をして、ともだち……と呟いた。……あたし、 なんかおかしなこと言ってた?思わず問いをぶつけようとすると、先生が入って来たので慌て て正面に向き直った。銀時もだらだらといつもの場所へ向かっていった。



***



(変なやつ)

銀時は晋助の後頭部を見ながら思った。数週間前に連れてこられた場所で出会ったのは、今ま でに知らなかった種類の子ども。こいつともう1人は、どこかおかしい。なんなんだ、と銀時 は鼻を鳴らした。―――この目立つ銀髪を持つ己は、今まで戦場をいたせいか「鬼子」だの「 化け物」だのと呼ばれるばかりだった。今でこそ松陽に拾われたからこの場にいるが、それで もまわりの子どもとはなんとなく距離ができている。嫌われ者でこそないが、遠巻きにされて いるのは事実だ。実際、こちらに来てから言葉を交わすのはほとんど松陽だというのに。

(ともだち、とか)

妙な気分だ。言葉の意味をわかっているのだろうか。いくら後頭部を見ても、晋助はこちらを向かない。

(ま、おはぎが食えるならいいか)

結局考えることを放棄して、いつもの寝る体勢をとった。くぁ、とあくびをして眠りの世界へと旅立った。



その緩んだ頬を見た松陽だけが、こっそりと微笑んだ。